蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

有島武郎 「星座」

有島武郎も苦悩の人です。普通、貧乏に生まれた境遇を嘆くというのはよくある話ですが、彼の場合は裕福な家庭に生まれたことが一つの苦悩でした。それ以外にも宗教のこととか、奥さんとの死別とか、人妻との恋愛とか、いろんな苦悩を経験し、その影響のせいか晩年は創作意欲が衰えていきます。こんなことではだめだと一念発起し、一つ大作を書いてやろうと取り組んだのがこの作品なんですが、残念なことに途中で終わっています。なぜなら彼はこの作品を完成する前に波多野秋子と心中してしまうからです。でも未完とはいえ非常に楽しめます。残されている部分だけでも傑作であることはわかります。物語も面白く構成もしっかりしており、登場人物一人ひとりが交代で主人公になるというユニークな手法も取り入れられており飽きさせません。人物描写も見事で文章もきわめて美しいです。様々なキャラクターの若者たちのそれぞれの青春時代を描いていますが、それぞれ生き生きと描かれており若さに満ち溢れてキラキラと輝いている印象を受けます。つまりはみんな輝く星であり、それらが集まって星座を形作っているというのを表現したかったのではないでしょうか。一説では彼が札幌農学校の生徒だった頃の体験をもとにして書かれたと言われています。登場人物も当時の友人たちを彷彿とさせるそうです。この作品はもともと大正10年に発表された「白官舎」という作品を書き足したものです。構想としては四部作、あるいは五部作にまで及ぶ大長編小説になる予定で、ここで紹介する作品はその第1部にあたるものだったそうです。読んでみるとわかると思いますが、これから壮大なドラマが展開していくんだろうなという予感を感じさせます。それだけに第1部のみで終わったことは残念で仕方ありません。もしこれが完成していたら近代文学史においてかなり傑出したものになったことは間違いありません。続きは是非皆さんの想像の世界で描いてみて下さい。

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有島武郎 「一房の葡萄」

有島武郎の人生は実に悲しいものでした。子どもは男の子3人に恵まれましたが奥さんに先立たれてしまい、彼は一人で3人を育てます。その後、婦人公論の記者で人妻の波多野秋子と知り合い愛し合うことになりますが、そのことを秋子の夫に知られて悩み苦しみます。そしてついに軽井沢の別荘「浄月荘」で秋子と二人で首をつって心中します。とても真面目な人だったようで倫理観や責任感が強かったからか自らの過ちの重荷に耐え切れなかったようです。結果的には悲しい最期をとげたわけですが、その人生をたどってみると、きっとこの人は人間的にいい人だったのではないかと偲ばれる点が多々あります。彼の優しい人柄の一端を窺い知ることができるのが彼が残した童話です。彼は子どもたちによく童話を読んで聞かせてあげていましたが、当時はなかなかいい作品がなかったそうです。そこで自分で書いてあげたという童話が今8編残っています。その中でも最も有名なのがこの「一房の葡萄」です。主人公の男の子は絵が上手でしたがいい絵の具を持っていませんでした。一方で絵が下手なのにいい絵の具を持っている友達がいて、その子の絵の具がどうしても欲しくなり、とうとう盗んでしまいます。彼が盗んだことはすぐに発覚しますが、そこで先生がいかに主人公を諭すか、盗まれた友達といかにして和解するかがポイントになってきます。タイトルの葡萄は先生が罪悪感に怯えて泣く主人公を慰める時に非常に効果的な小道具として使われています。彼の童話の特徴はあたりさわりのない子ども向けのめでたしめでたしではなく、人生の現実をちらっと教えるような厳しさも少し含んでいるということです。人生ってそんなに甘くないぞと我が子たちに教えたかったんでしょうね。そのへんに彼の人柄と子どもたちへの深い愛情を感じます。現代のお父さん、お母さんに読んでいただきたいですね。そして是非子どもに読み聞かせてあげて欲しいと思います。

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有島武郎 「カインの末裔」

この作品の解説の前に、まずは旧約聖書の「創世記」第4章にあるカインとアベルの物語について簡単に。カインとアベルは最初の人間であるアダムとイブの子どもです。つまり最初の兄弟です。カインは農耕をして、アベルは羊の放牧をしていました。2人は神様にそれぞれの収穫を捧げます。カインは穀物を、アベルは子羊を供えますが、神様はアベルの供え物しか喜びませんでした。嫉妬にかられたカインは野原で弟アベルを殺します。最初の殺人です。神様がアベルの所在を訊くと、カインは「知らない」と嘘をつきます。神様は怒ってカインをエデンの東へと追放します。(ジェームス・ディーンの「エデンの東」はここからきています。)ここで言わんとしているのは人間には生まれながらにその内部に嫉妬や憎悪を秘めているということです。今生きている人間は全てこのカインを先祖としていますから、要するに人間はみんな罪深い生きものなんだということを意味しています。”カインの末裔”という表現は、人間全体を指しています。人は誰でも罪から逃れられないのだから信仰を持ちなさいということですね。以上のことを前提としてこの作品を読むとクリスチャンである有島武郎のメッセージがよくわかると思います。この作品の主人公は夢を抱いた北海道の開拓農民なんですが、傲岸不遜で乱暴極まりなく、まわりの人に迷惑をかけてばかりでついには村を出て行く羽目になります。誰憚ることなく己が欲するままにやりたいことをやって、それが全てはね返ってきてどんどん追い込まれていくというその姿は、主人公だけの特異な人間性ではなくて、誰でも必ず心理的に持っている醜い部分を象徴しています。完璧にいい人間など存在しない。だからこそ神に祈るべきであるという強烈なキリスト教のメッセージを読み取ることができると思います。短いですがとても深い作品です。

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有島武郎 「小さき者へ」

「不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅に登れ。前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。行け。勇んで。小さき者よ」この名文を読んだだけでもなんとなく作品の尊さが伝わってきませんか?奥さんに死なれた有島武郎がまだ小さい子どものために残した作品です。涙なしには読めません。本当に読みながら涙ぼろぼろ出てきます。子どもは3人いましたが、3人ともまだ幼くて状況を把握できないので、ことの次第をいづれ成人した子どもたちが見る時のために書き残したものといった形式になっています。これを書いた時点で、自分が自殺することを前提としていたかどうかはもちろんわかりませんが(おそらくまだそれはなかったと推測しますが)、子どもたちが成人するまでに自分もこの世にはいないかもしれないということを考慮にいれて、こと細かに報告するように書いてあります。長男が生まれる時の顛末、母親の発病、療養、そして最後の別れ・・・そういったことが書き記されています。最後は子どもたちに病気がうつらないようにすることと、子どもの清い心に残酷な死の姿を見せたくないという理由で、母親が臨終の時も子どもには会わないと血の涙を流しつつこらえたというくだりは涙で文面がかすみます。そして母親の残した句「子を思う親の心は日の光世より世を照る大きさに似て」で悲しみはピークに達します。最後は子どもたちへ人生を歩んで行く上でのアドバイスを書いています。そこに最初に紹介した箇所があります。親子の絆が希薄になりつつある現代において、親の愛の深さ、大きさ、強さを教えてくれるこの名作は是非読まれるべきではないかと思います。

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