蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

遠藤周作 「イエスの生涯」

遠藤周作にとってキリスト教は生涯のテーマですのでキリスト教に関連した作品はたくさんありますが、その中核をなすものといえるのがこの「イエスの生涯」、そしてその続編ともいえる「キリストの誕生」ではないかと思います。キリスト教というのはどうしても日本人の思考や生活になじみにくい部分があります。受け入れにくい民族性であるのかもしれません。遠藤周作も最初からどっぷりキリスト教に染まったわけではありません。どうもしっくりこないものを自分なりに考え悩みぬいて、答えを必死に探し続けたというのが本当のところです。(遠藤周作自身はこのことを、自分に合わない洋服を着せられたが、それを自分に合う和服にする作業だったと言っています)。だからこそ、クリスチャンとそうでない人の間の橋渡しとして、どちらにも共感を生む作品を残すことができたのではないかと思います。また、作品を通してあからさまにイエスを信じろ、クリスチャンになれ、と言っているわけではなく、ある種第三者的な視点から描いていることも特徴です。この作品も決してクリスチャンのため、あるいは教会がキリスト教の布教に使うため、という役目を感じさせるものではありません。あくまでクリスチャンが信じるイエスとはどんな人間だったのか?どんなことをしたのか?なぜ2000年以上も多くの人に影響を与え続けてきたのか、という一つの研究テーマとして徹底的に調査し、冷静に分析しています。この作品での視点こそまさに遠藤周作的であると言えます。クリスチャンはもちろん、いかなる宗教の人であろうと面白く読めるものとなっています。そこで何を感じるかは個人の自由ですし、その余地を残したことが遠藤周作のスタンスであり、絶妙な技でもあると思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

遠藤周作 「侍」

キリスト教をテーマにした作品が多い遠藤周作ですが、その中でもこの作品は「沈黙」と並んで傑作中の傑作だと思います。本当に感動しました。遠藤周作はまるで映画の脚本のように徐々に盛り上げていき、最後は感動の場面で最高潮に達して読み手にジーンとくるものを与えてくれます。仮に同じストーリーを描くとしても彼の場合は他の作家よりもよりドラマティックに描きます。えしぇ蔵は「沈黙」の時も泣かされましたが、この「侍」でもまたやられました。”ストーリーテラー”という表現はまさにこの人のためにあると言ってもいいかもしれません。この作品は伊達家の支倉常長をモデルにした話です。支倉常長は慶長年間に伊達家の命により貿易交渉のため、キリスト教の宣教師とともにスペインそしてローマへと旅をします。当時としては生きて帰ることができるかわからない大冒険です。それを終えて7年後に帰国しますが、その時はキリスト教はご法度になっており、支倉家には輝かしき名誉ではなく悲劇が待っていました。作品は多少の脚色を加えながら、キリスト教的要素を強調しつつほぼそのままに展開していきます。主人公の侍は藩の命令で外国人の宣教師について遠い外国へ行きます。そこで洗礼を受けるわけですがそれは便宜上のもので、改心など全くしていませんでした。藩も外国と貿易をするのが真の狙いであり、キリスト教のことなど実はどうでもよかったわけです。侍は苦労して宣教師の故郷にたどりつき、そしてまた同じ道のりをはるばる戻ってきますが、帰り着いてみるとなんとキリスト教はご法度。そしてあろうことか藩は幕府からの濡れ衣を防ぐために侍を処罰しようとします。そこで侍は言葉にできないくやしさにふるえます。そんな彼の心理が最後にたどり着いたのは・・・。ラストシーンには鳥肌が立つほど感動しました。とにかく素晴しい作品です。是非読んでみて下さい。あなたもきっと涙することと思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

遠藤周作 「沈黙」

遠藤周作は安岡章太郎や吉行淳之介らとともに「第三の新人」と呼ばれた人で、一時はノーベル文学賞候補にもなったほどの実力の持ち主です。重いテーマを描くこともあれば、ユーモアに徹する時もあり、幅広いタイプの小説を書ける人です。まさに才能を持て余しているという印象すら受けます。この人と切っても切れない縁なのがキリスト教です。12歳でカトリックの洗礼を受けて以来、彼とキリスト教の共生が始まります。そしてそれがやがて数々の作品の上で大きな位置を占めるものとなります。キリスト教を作品のテーマや背景に選ぶ作家は日本においても意外にたくさんいますが、その中でも遠藤周作の作品はその捉え方が他とは違います。えしぇ蔵がその作品世界に強く惹かれた理由もそこにあります。その違いとは、遠藤周作の場合は自分がクリスチャンであるにも関らず、キリスト教を一歩離れた位置から冷静に正確に観察しているということです。クリスチャンがキリスト教のことを作品にすると、それは宣教の手段となってしまい、作品の良し悪しよりもいかにキリスト教を知ってもらい、いかに信者を増やすかという点に重点がおかれる場合が多いです。そうなると自ずと文章は説教のような印象を与え、クリスチャンでない人を哀れむような独り善がり的世界を作りがちです。そんな心配もなく普通に作品として楽しめる範囲でキリスト教をうまく取り込んでいけるのが遠藤周作の実力の一端ではないかと思います。この作品は非常にドラマチックで、随所に感動を伴うセリフがあります。読後には心の底に沈殿した感動の余韻が数日はあなたを捕らえたままにします。神はなぜ黙しているのか?なぜ助けてくれないのか?その答えはクライマックスで明かされますが、その部分で感動の涙がわいてくるはずです。あなたも是非この感動を・・・。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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