蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

尾崎紅葉 「伽羅枕」

この作品は実在したある老女の生涯を、紅葉が自ら本人のもとに出かけて取材し、書かれたものです。その老女とはかつて吉原でこの人ありとうたわれた花魁で、その侠気ある振る舞いで名を馳せた人でした。客の男性との関係からいろんな騒動を起こしたり、起こされたり、まさに「事実は小説より奇なり」を地でいくような人です。その波乱万丈の人生を、いくつかのエピソードに分けてストーリーとして組み立ててあり、紅葉がお得意の文体で面白く仕上げています。その主人公の女性が本当に痛快無比で、やくざ映画の主人公のような胸のすくような侠気を見せてくれます。もちろん紅葉によって脚色はされているとは思いますが、それにしてもこんな人が実在したなんて本当に驚きます。人間的に強くないと吉原のような世界では生き残れなかったんでしょうね。この作品は紅葉の初の長編です。初めてで既にこの水準かと舌を巻いてしまいます。紅葉お得意の文語文は初めて読む場合にはちょっと戸惑います。さらっと読んだだけでは意味が通じにくいこともありますが、ゆっくり繰り返して読めばわかります。読み進むと文章に一定のリズムがあることがわかり、徐々に慣れていきます。紅葉の作品は常にストーリー重視で面白さでは裏切られることはありませんのでゆっくり読んで楽しんで下さい。ちなみに伽羅枕とは中で香が焚ける仕組みになっている木の枕のことです。髪に香を焚きしめるために使われたそうです。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

尾崎紅葉 「多情多恨」

この作品は内容的には言わば昼のメロドラマ的なものが大いにあります。自分の奥さんが好きで好きでしょうがないという一途な男が、奥さんの死に寄って毎日泣いて暮らすほど落ち込みます。要するに情が深い人なんです。ただ多くの人を好きになることはできず、心を許すのは他に親友だけです。その親友がいろんな手を使って慰めてくれますが、主人公の心は晴れません。一人でいてはよくないということでついには親友の家で暮らすことになりますが、その親友の奥さんがけなげに旦那に尽くす姿に徐々に心惹かれていき・・・・・・という内容で、ご想像のとおりちょいとやばいかもしれない展開になっていくわけです。ドラマの脚本に持って来いといった感じです。これだけ書くと「なんだ、軽い小説なのか」と思われるかもしれませんがそれは誤解です。この作品の注目すべき点は3つあります。まず主人公の心理状態が徐々に変化していく様子が実に見事に描かれていることです。2つ目は「口語体」で書かれていることです。今では当たり前のことですが、この当時はまだ「口語体」の作品と「文語体」の作品が混在していました。日本語は実に長い年月、「話す言葉」と「書く言葉」を別にしてきました。それが明治の頃に一つになるわけですが(一部は太平洋戦争終戦まで残りますが)、その「口語体」で書く試みが成功した例とされています。3つ目はテンポのいい会話です。尾崎紅葉は会話の名手と言われていました。当意即妙な言葉のやりとりにリズムがあって、内容にぐっと引き込まれます。これら3つの点に留意して読まれると、この作品の価値が実感できるのではないかと思います。尾崎紅葉はかなりの英語読解力があったそうで、多くの海外の作品を読み、自分の作品のヒントとしていたそうです(「金色夜叉」はバーサ・クレイの「女より弱きもの」を参考にしているのではないかという説があります)が、この作品は「源氏物語」に大いに影響を受けて書かれたものだそうです。確かに主人公が奥さんに死なれてなかなか立ち直れない様子は、更衣を失って嘆き悲しむ桐壺帝そのものです。もしよかったら「源氏物語」も読まれて(長いのでかなり勇気いりますが)、主人公の心理の変化を比較してみるのも面白いかもしれません。そういったわけでただのメロドラマではなく、いろんな魅力が隠された作品ですので是非読んでみて下さい。

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尾崎紅葉 「金色夜叉」

尾崎紅葉は幸田露伴とともに明治の文壇を支えた屋台骨的重鎮です。まだはっきりと新しい形が見つからずに模索を続けていた日本文学の夜明けにおいて、その格調高い美文で重要な位置に付きました。彼の文章は読み慣れない人にはちょっと抵抗があるかもしれませんが、一種のリズムを含んでいるので読み進んでいくと徐々に慣れて、むしろ通常の文体よりも早く読めるようになります。えしぇ蔵の場合はいつしかその美しさに魅了されてしまいました。こういう文語体の文章ってそれだけで既に芸術だと思います。読める人は減る一方ですが守っていきたいものの一つだと思います。さて、作品の内容ですがこのセリフはご存知でしょうか?「・・・一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処でこの月を見るのだか! 再来年の今月今夜……十年後の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! 可いか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になつたならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇つたらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに泣いてゐると思つてくれ」今まで何度も舞台や映画で演じられた作品ですからこの名セリフをご存知の人は多いでしょう。熱海の浜での貫一とお宮の涙の別れにおいて貫一が言ったセリフです。大好きなお宮さんにふられた貫一は投げやりになって非情な金貸しになるのですが、上流社会の貴婦人になったお宮さんとまた再会してしまって・・・・というドラマチックな展開が当時の人たちの心を捉えて、連載された新聞の到着をみんなが待ちこがれると言われたくらい、当時の社会に一大ブームを起こした名作です。実はこの作品は尾崎紅葉の死によって未完で終わっています。あの後何らかの形で二人に幸せがくるのでは?と読者に期待を抱かせたままになってしまったのは残念ですが、思えばそうやって結論を出してないところに新たなロマンが生まれていいのかもしれません。明治の大傑作を是非読んでみて下さい。そしてあなたなりの結末を作ってみて下さい。

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