蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

菊池寛 「無名作家の日記」

いつの日か自分の作品が多くの人に読まれ、作家として世間に認められ、文学史に名前を残す……文学の道に踏み込んだ者が一度は夢見ることです。かくいうえしぇ蔵もその夢を見ているうちの一人です。でも世の中そんなに甘くありません。一人の成功の影にはその何百倍もの脱落者がいます。もがいてももがいても上に登れない人間の悲哀は今まで多くの文学青年が経験してきたことでしょう。この作品の主人公もそういう夢破れし若者の一人です。学生時代は同じ文学仲間と夢を語り合いますが、彼は他の仲間にどこか見下されているようなところがありました。その圧迫に耐え切れず、別の学校に移ります。そこで心機一転、夢の実現のために行動を起こしますがどうもうまくいきません。その間にかつての仲間たちは同人雑誌を発行します。そしてその中に掲載されている作品は世間の注目を浴びます。彼もそれらの作品が優れていることを認めざるを得ませんでした。そこから徐々に仲間たちは文壇へと近づいて行きます。一方で彼には何一つ将来への踏み台となるものが見えてきません。そんな中、仲間たちから作品を送って来いとの救いの手がのべられます。恥を忍んでそれにすがる彼ですが、送った作品は仲間たちによって酷評されます。苦しみもがいても希望の光は差してきません。果たして彼は夢を実現することができるのでしょうか?この作品のようなドラマは明治から現代に至るまで日本中で演じられたことでしょう。当時はこうして同人雑誌によって己の力を世に問うというのが文学を志す人が夢を叶えるための常套手段でした。昭和中期ぐらいまでに文壇に名を残した人たちのほとんどが同じ道をたどったのではないかと思います。現代ではこれが様々な文学賞への応募ということになるのでしょう。つまり現代では文学賞に応募しても応募しても選ばれることなく、同じような境遇を味わっている人が大勢いるということです。えしぇ蔵もいくつの文学賞で門前払いをくらったことか。そして選ばれる人が羨ましかったことか。主人公の気持ちがよくわかります。文学を志すものとしてはなんとも身につまされる作品です。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

菊池寛 「真珠夫人」

菊池寛の作品といえば、「屋上の狂人」、「父帰る」、「恩讐の彼方に」、「藤十郎の恋」などの名作をすぐに思い浮かべることができます。どれも評価の高い文学小説であることは言うまでもありません。ところが面白いことに、菊池寛という作家はそれらの名作とは全く性格を異にする作品も一方では書いています。それがこの「真珠夫人」です。これは「芸術」とは言い難く、全くもって「エンターテイメント」です。きっと作者を知らないで読んだらおそらく今時の売れっ子脚本家が書いたドラマじゃないかな?と思うことでしょう。とても菊池寛という名前は浮かんでこないと思います。それほど意外な作品です。だからといって評価しないという意味ではありません。非常にテンポよく進んで、驚くような展開を次々に繰り出し、読み手を全く飽きさせません。まさに”面白い”作品です。内容は、清純で芯の強い女性が、ある理由があって男性の心を弄ぶ妖女へと変身していきます。一体彼女の目的は何なのか?えしぇ蔵思うにこれは女性版の「金色夜叉」ですね。その意味は読んで頂ければわかります。冒頭で紹介した作品群とは一線を画しているせいか、絶版の状態が続いて、長いこと世間から忘れられた存在でしたが、2002年にテレビドラマ化されたことをきっかけにまた本屋に並ぶようになりました。エンターテイメント性の高い作品を読む際に、「そんなことがあるわけない」とか、「現実離れしている」などの意見はタブーです。ありそうもないことを物語の中で体験できるのがエンターテイメントですから、ここは一切の理屈や常識は抜きにして、頭をからっぽにして楽しみながら読むことをお勧めします。何か面白くて夢中になれる小説を読みたいと思う方は是非どうぞ。何も手につかなくなるくらいですからお時間のある時に読んで下さい。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

菊池寛 「藤十郎の恋」

この作品の主人公は元禄の頃に実在した歌舞伎役者の坂田藤十郎です。この人は歌舞伎の歴史においては欠かすことの出来ない存在です。「上方歌舞伎の始祖」とまで言われています。いわゆる恋愛をテーマとした”傾城買い狂言”というものを確立させた人です。男が女を口説く場面を非常理リアルに演じて評判になり、当時の花形スターとなります。この作品は坂田藤十郎が、いかにしてそういう男女の甘い場面をうまく演じれるかと悩んだ末に一つのアイディアが浮かび、それを実行して見事に演技の真髄をつかみますが、その後に悲劇を生んでしまうという話です。菊池寛もいい素材を見つけたなと思いました。藤十郎が実行したアイディアとはなんでしょうか?そもそも彼を悩ませた演技というのは普通の恋愛ものではなく、人妻との許されぬ恋愛でした。”密夫(みそかお)の狂言”と表現されています。要するに間男ですね。経験がない彼には大きな難題でした。そんな彼の前に一人の美しい人妻が登場します。その美貌を見た彼の耳元で悪魔がささやいてしまいます。わからないなら体験すればいい!そして彼はその人妻を熱心に口説いて、ついにその気にさせてしまいますが、人妻の心中に火がついたその刹那に彼は去って行きます。間男の心境を知った彼にはその先は必要ないわけです。憐れなのはもてあそばれた人妻です。これ以上ないほどの辱めを受けたと感じた彼女はある決断をします・・・なんとも非情な話です。この話から”藤十郎の恋”という表現は、芸を磨くための偽りの恋を意味するようになりました。芸人は芸を磨くためにはどんなことでもし、どんな犠牲もはらうというわけです。凄まじいまでの役者根性です。一人の女性の犠牲によって新しい歌舞伎の世界を切り開いた男のサクセスストーリーは深い悲しみも伴っています。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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