蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

林芙美子 「浮雲」

林芙美子の作品の中でどれが好きか?とか、どれが傑作か?という話になればおそらく「放浪記」とこの「浮雲」で意見が二つに分かれるのではないかと思います。有名な作家や評論家の意見も分かれるようです。でもえしぇ蔵はこの二つの作品はちょっと性質が違いますから比較はできないと思います。「放浪記」は初期の頃にほとんど自分の体験をベースにした日記形式のいわば随筆のような作品で、「浮雲」は晩年に書かれた、完全に創作されたまったくの小説です。それぞれの分野でそれぞれいいですから比較するのは変かなと。この作品の舞台は太平洋戦争中のインドシナ半島から始まります。日本が占領したその地域の木材を利用すべく、日本のお役所から派遣された職員が現地で調査をしています。そこでタイピストとして働くことを志願した主人公の女性が、現地で働く二人の男性と三角関係に陥ってごたごたやっているうちに終戦を迎えます。その女性は日本に帰っても特に頼る人もいないので三角関係になったうちの一人の男性に連絡しますが、日本での彼は家庭持ちな上、現地の時ほど彼女に魅力を感じていないのであまり優しく接してくれません。それでもどうしても彼の存在が彼女には必要だったので追いすがって行きます。終戦後の荒廃の中で彼もだんだん身を崩し、二人の気持ちは荒んでいきます。必死で幸せを探す彼女と人生をあきらめる彼との悲しい絡みがずっしりと読み手の心に響きます。こういう作品の中にこそ真の林芙美子の実力が出ているのではないかと、えしぇ蔵個人的には思います。人間にはたった2種類しかありませんが、この2種類の違いは大変大きなものです。目の前の物事をどう捉えるか、そして何を大事と考えるか、更には次に何をなすべきか、という点において女性の答えは男性にはとても思いつかないものだったりします。感性と思考は2種類の人間の間であまり共通点を見出せない場合が多いです。そういう点から考えても女流作家の作品というのはやはり女性でしか書けないものになっています。それを顕著に感じるのが林芙美子のこの作品です。女流作家の親玉が女流ならではの持ち味をフルに発揮していますので、その素晴らしさを是非体感して下さい。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

林芙美子 「放浪記」

「花のいのちは みじかくて 苦しきことのみ 多かりき」この名文をご存知ですか?昔の日本の女性の苦労を代弁したこの名文はあまりにも有名です。日本の女流作家の大御所とも言うべき林芙美子の代表作「放浪記」は日本文学史に燦然と輝いています。この”放浪”という言葉が林芙美子が作家として成功するまでの人生を象徴しています。自分の故郷がはっきりしないというほどに幼少期から転居を繰り返したりと、実際に”放浪”を体験していますし、何をやってもうまくいかず、貧困の辛さを味わい尽くし、いろんな男に捨てられ、苦労の連続であったその生活もまさに”放浪”でした。一見、救いようのないどん底の人生を、彼女は一歩下がって他人の視線のごとくシニカルに、しかし正面からまっすぐに見つめ、それを彼女特有の寂しさを伴うユーモアを交えて作品化しています。その文章は形式にこだわらない自由奔放なもので、誰がどう批評しようと関係ない、これが私の文学だと言わんばかりの強さが表れています。それはまさに彼女の強い生き様そのままです。自由奔放とはいえ、深く強固な文学的素養の上に築かれたものですからぐらつきのない名文であり、見事なまでの芸術として完成されています。随所に挿入されている魂がこめられた詩も実に見事です。この作品は特に女性に読んで頂きたいですね。この力強い生き方!苦しいことの連続を歯をくいしばって乗り越えていく主人公の姿に、かつての日本人の熱い魂をみることができます。人間どんな状況でもがんばれるんですよね。勇気を与えてくれる名作を見逃してはいけません。「放浪記」には「放浪記」、「続・放浪記」、「放浪記第三部」と三つありますが、これらが一つになった新潮社の「新版 放浪記」がお勧めです。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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