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蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

武田百合子 「富士日記」

ある日、姫が3冊の厚い文庫本を買って来たのでどんな本かと開いてみると、延々と日常の記録として書かれたごく普通の日記に思えたので、正直「何が面白いのだろう」と思ってそれ以後全く存在すら忘れていました。その後、引越しをして本棚の整理がまだできていない時に、さらに新しい本を買うのはしばらく控えようと思って読んでいない本を漁っていた時に取り出したのがこの作品でした。暇つぶしにはちょうどいいかなというぐらいの感覚で。ところがじっくり読んでみるとこれがただの日記でないということに気づきました。日々、冒頭には朝昼晩食べたもの、そして買ったものが羅列されています。買ったものはそれぞれの値段まで細かく書いてあります。そしてその日に起こったごく普通の日常の出来事が記録されています。武田泰淳という作家と暮らす一人の女性の何気ない日々です。その何が面白いのかというと、作者の価値観が非常にユニークで、かつそれが何も隠すことなくストレートに表現されています。見たこと、聞いたこと、出会った人、食べたもの、買ったもの、経験したこと、全てにわたって赤裸々に独自の視点から感想や意見を述べています。その視点が予想外の角度から切り込んでくるので笑わせてもくれますし、また核心をついて考えさせられたりします。出版を前提として意図して書かれたものではなく、実際に一人の人間、一つの家族の生きてきた記録の中で表現されているので、飾り気も婉曲もなく、読む側の心に直球で放り込まれます。だからその受ける衝撃には表現できないほどの大きさがあり、数多く残された日記形式の文学の中でも特筆すべき名作ではないかと思うに至りました。それに加えてこの日記は昭和39年から51年まで書かれていますが、当時の世相をリアルに体感できることも大きな特徴の一つです。昭和の文化の変遷の一端を知るにも貴重な記録です。文体に飾りがない分非常に読みやすいので、2日間分だけ読もうと思ってもついずるずると何日分も読んでしまったりします。意図しないところに自然発生的に生み出された傑作です。是非読んでみて下さい。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

武田百合子 「犬が星見た」

武田百合子は、あの「ひかりごけ」で有名な武田泰淳の妻です。神田にあった、文学者が多く集まるバー「らんぼお」で働いている時に泰淳と知り合い、結婚します。えしぇ蔵は当初、百合子の作品が有名なのは泰淳の名声に助けられてのことだと思っていましたが、とんでもないことでした。彼女の実力はこの作品を読めばすぐにわかります。日々の出来事を自分の感慨を交えながらストレートに飾り気なく書いてありますが、誰の目線も気にすることない泰然自若とした文章は非常に評価に値するものとなっています。実際に多くの作家がこれを高く評価しています。この作品は泰淳と一緒に行ったロシア旅行の記録です。昭和44年6月10日に横浜を出港し、ハバロフスクからソ連に入り、イルクーツクやタシケント、レニングラードなどたくさんの街を経由して、スェーデンのストックホルムに抜けるまでの旅を、日々食べたものにいたるまでこと細かに書いています。ツアーなので他の客との交流がユニークに描いてあるのも魅力です。友人の竹内好(文芸評論家)や、お金持ちの銭高老人(当時の銭高組の会長)などとの会話はかなり笑えます。日々の出来事も、情景描写も、会話も、感想もすべてその文章は評価されようという姿勢は微塵もなく、全くの”素”で書いてあり、それが逆に彼女の実力を読者に認識させる結果になっています。そしてその大らかな、飾らない、動じない性格が文章から感じとらます。誰しも彼女の人間性に惹かれてしまうと思います。泰淳は彼女の人間性に大いに影響されたとのことですが、誰でも一緒にいればそうなるだろうと思います。この作品はいわば彼女自身を表現したものと言えるかもしれません。芸術というものは意図しないものほど次元の異なる領域に達するような気がしますが、この作品がその一つの例ではないかと思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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