蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

吉村昭 「海軍乙事件」

太平洋戦争に関する作品を書く人は多いですが、その背景となる場面はある程度偏りがあると思います。よく取り上げられるのは「真珠湾攻撃」、「ミッドウェー海戦」、「ガダルカナル」、「サイパン」、「インパール作戦」、「硫黄島」、「レイテ島」、「沖縄上陸」、「大和水上特攻」、「神風特別攻撃隊」、「東京大空襲」、「長崎・広島の原爆」などですね。これらはいわば誰もが知る場面であり、いわばメジャーなテーマと言えます。一方で吉村昭はこれらの出来事の裏で人知れず展開されたドラマを取り上げて作品化するのを得意としているようで、本当に絶妙なネタを持ち出してきます。この作品で取り上げられたテーマは題名そのままの「海軍乙事件」です。山本五十六連合艦隊司令長官がブーゲンビル島上空で乗機を撃墜されて戦死した事件が「海軍甲事件」ですが、その山本五十六の跡をついで連合艦隊司令長官になった古賀峯一が悪天候で乗機が墜落して死亡した事件が「海軍乙事件」です。この事件では古賀峯一ら一番機に搭乗していた者は全員死亡しますが、2番機はセブ島沖に不時着し、福留繁参謀長他数名が生存していました。しかし運の悪いことに敵のゲリラに救助され捕虜となります。それと同時に機密文書や暗号書が入った鞄を奪われてしまいます。その後、日本軍のセブ島守備隊によって救助されますが、鞄は戻りませんでした。ゲリラは鞄には興味を示していなかったので情報は洩れていないだろうという結論に落ち着いたのですが、もし鞄がゲリラからアメリカ軍に渡っていたらその後の日本軍の作戦がばれてしまうことになります。果たして実際はどうたったのでしょうか?戦後になってその答えがはっきりしました……。非常に興味深い事件で、面白すぎて一気に読んでしまいました。こんなスリリングなこともあったんだと感慨深いものがありました。大きな戦いの舞台裏で展開された重大事件を皆さんにも是非知って欲しいです。

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吉村昭 「ポーツマスの旗」

日露戦争が終わった後、ロシアとの間でポーツマス条約が結ばれたことを学校で習いましたよね?あの時の全権大使は日本が小村寿太郎でロシアがセルゲイ・ウィッテでした。この物語では小村寿太郎がポーツマス条約を締結し日露戦争の終結に成功するまでの苦難の道のりとその後の国内外の様子を描いています。日露戦争というのは日本が勝ったということにはなっていますが、実際は軍事費にしろ兵力にしろギリギリの状態で、もしポーツマス条約が結ばれなかった場合は、海軍は日本海海戦で壊滅したとはいえ陸軍にはまだまだ膨大な兵力を残していたロシア側の猛反撃で日本は大変な状況になっていたはずです。ところがその現実を知っていたのは軍や政府の首脳陣だけで、一般の日本国民は戦勝に次ぐ戦勝にうかれて、講和不成立なら戦争続行という意見が大勢を占めていました。小村寿太郎は上からは戦争を何としても終わらせるようにと言われ、下からは賠償金も含めて日本に有利な形で条約締結することを期待されます。ロシア側のウィッテも皇帝からの指示で強硬な姿勢を崩さないので話合いはなかなか進みません。お互いギリギリの譲歩を続けてようやく条約締結にこぎつけますが、日本は樺太の半分を得たのが限界で賠償金は得られませんでした。戦争は終わりましたが日本国内では現実を知らない国民による暴動が起きます。名誉どころか自分や家族の命まで危険にさらしても日本に平和をもたらそうと奮戦する小村寿太郎の姿には深い尊敬を覚えて頭の下がる思いです。こういう鉄の意志の人がもし今の日本にいたらと思わずにはいられません。吉村昭は小村寿太郎の業績だけではなく、私生活における顔も徹底的に調べ上げて書いていますので、その人間像が非常に細かく把握でき、感情移入してしまいます。調べる力というものを強く感じました。こんなすごい人の命がけの努力があったから今の日本があるということを皆さんにも是非知って欲しいです。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

吉村昭 「大本営が震えた日」

学校で学ぶ歴史というのは、時間的な制限などもあって表面的なものだけに限定されがちです。例えば太平洋戦争が始まった時のことをどう解釈していますか?日本がハワイの真珠湾を攻撃したことによってその幕が切って落とされたというのが学校で教える歴史です。確かに大局的に見ればそうかもしれませんが、実はそこに至る経過は複雑なものですし、その前後に表舞台とは違うところでは様々な事件が発生していました。そういった”学校で教わらない部分”には実は歴史を理解する上で非常に大事なポイントが隠されていたりするものです。太平洋戦争が始まる一週間前の昭和16年12月1日に、開戦の極秘命令書を乗せたDC3型機がなんと敵の領内に不時着します。もしそこで敵に命令書が渡ればどうなるか?この事実を知った大本営はまさに震えるわけです。さぁ大変です。命令書はどうなったのでしょうか?運んでいた軍人は生きているのでしょうか?極秘の捜索、救出作戦が始まります。開戦のことが敵にばれたのか?ばれていないのか?読んでるこちらまで緊張してはらはらします。次の展開が待ち遠しくなります。この作品にはこの事件の他にも開戦前後にいろんな場所で繰り広げられた緊張のドラマを詳細に調査して紹介しています。あのハワイへの奇襲作戦の裏にこんないろんな事件があったのかと本当に驚かされます。歴史というのはどうしても読んで面白いのは波瀾の時期ですが、当時生きていた人たちにとっては悲劇です。こういったドキュメンタリー文学は読む人の興味をそそるだけでなく、当時の人の悲しみも同時に感じて、そこから”何か”を学んで欲しいというメッセージも含んでいます。この作品を通して皆さんも是非その感性で”何か”を学んで下さい。

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吉村昭 「破獄」

昔から小説や映画の世界には悪のヒーローがいますね。警察を手玉にとって華麗に犯罪を繰り返す。一番わかりやすい例でいうとモーリス・ルブランの小説に登場するアルセーヌ・ルパンや、それをモチーフに作られた漫画のルパン三世ですね。逮捕されても簡単に脱獄してしまいます。厳重な牢に入れられても見事に抜け出して周囲をあっという言わせる。空想の物語ならではの醍醐味ですよね。ところがそれを現実にできた人が日本にいたことをご存知でしょうか?「脱獄王」という映画にもなったのでご存知の方も多いと思いますが、白鳥由栄という人です。26年間の服役中になんと4回もの脱獄に成功しました。脱獄するたびに過酷な環境になっていくにも関わらず4回も成功させるというのは人並み外れた頭脳、精神力、体力がないと無理だと思います。しかも関節を自由に外せるという特殊な体質でもあったそうです。恵まれた才能を脱獄に活用したという稀有な人です。その白鳥由栄の破天荒な人生を詳細に調査して書かれたのがこの作品です(主人公の名前は佐久間清太郎に替えてあります)。この作品はとにかく文句なしに面白いです。看守と脱獄囚の知恵比べが繰り返される様子はまさにルパンの世界そのものです。こんな所からどうやって脱獄するのか?小説じゃあるまいし、という状況から見事に抜け出す様子は痛快感すら覚えます。罪を犯した人とはいえ、あきらめることを知らない不屈の精神には学ぶべきものがあると思いました。最後は模範囚として仮釈放され72歳まで生きたそうですが、なんともすごい人生です。是非読んでみて下さい。吉村昭の筆力によって描かれる迫力のドラマに引き込まれて、一気読みすると思いますよ。

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吉村昭 「零式戦闘機」

いろんな国の民族性と比較して、日本人というのは本当に真面目だなと思うことがよくあります。どんな分野においても、何を成し遂げるにおいても、次々に立ちふさがる困難をみんなで知恵を出し合って努力に努力を重ねて、そして最終的にはそれらをクリアして大きな結果を得る。こういうパターンはよく見られますよね。特に高度経済成長期の産業界において多かったと思います。そういう民族的な特徴というのはおそらくかなり昔から引き継がれてきたのではないかと思います。長い日本の歴史においてそれが顕著に表れた時期は昭和初期の日中戦争から太平洋戦争までの時期ではないかと思います。例えばこの本のタイトルである零式戦闘機を生み出す過程においては日本人の底力が発揮された典型的な例ではないかと思います。日本が外国に頼らず完全に自国内の技術によって軍用機を製作したのは昭和11年の九十六式艦上戦闘機が最初でした。世界の航空業界にデビューしたその新人がいきなりトップクラスの性能を発揮します。そこまでに至る技術者たちの苦労は並大抵のものではありませんでした。ところが海軍は更に高性能なものを作ることを要求します。そこから更なる苦難の過程を経て生まれるのが零式戦闘機です。上から無茶を言ってくる、それをみんなで助け合ってクリアする、するともっと難しい無茶を言ってくる、それをなんとかクリアする、この繰り替えしによって日本の航空技術は短期間に飛躍的に成長しました。この作品は明治四十三年に外国の飛行機を軍が初飛行させてから九十六式艦上戦闘機、零式戦闘機の誕生、そして帝国陸海軍の命運とともに零式戦闘機が歴史から姿を消していくまでの詳細な過程が描かれています。しみじみ日本人の真面目さ、ひたむきさを感じる内容です。ここでは戦争という忌避すべき方面においてそれが生かされることになりましたが、日本人の根底にあるこの長所は別の面に置いてこの先の未来も引き継いでいくべきだと強く思います。

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吉村昭 「彰義隊」

歴史上の事件というのは必ずしも誰かの意思をきっかけとして起こったものばかりではありません。周囲の環境や事態の急展開などによってそうなることを望んでいないにも関わらずそうなってしまったという、いわば同情を誘うようなケースもしばしばあります。この作品の主人公である輪王寺宮能久親王に関する一連の事件はまさにその典型といえます。皆さんは戊辰戦争と聞けば朝廷対幕府という構図がすぐに浮かぶと思います。ところが意外にも皇族の中で一人だけ幕府側で戦った人がいることをご存知でしょうか?それが輪王寺宮能久親王です。それも本人は当初全くそのつもりはなかったにも関わらずです。輪王寺宮能久親王は上野寛永寺の山主として江戸にいて徳川家とも深い親交があり、江戸への思い入れが強くありました。その江戸へ攻め寄せてくる新政府軍に対して、謹慎する徳川慶喜の助命嘆願も含め、全てを平和に解決しようと幕府と朝廷の間に立って文字通り東奔西走します。ところがこれが朝廷側には受け入れてもらえません。その後、江戸も開城し新政府軍は江戸に入りますが、それを快く思わない旧幕府の残党は上野寛永寺を拠点に決起します。そこで輪王寺宮能久親王は成り行き上その上に立つ者とみなされてしまいます。上野の山が落ちると敗走が始まり東北に逃がれます。そして今度はそこで奥羽越列藩同盟の盟主に担ぎ上げられてしまい完全に朝敵となります。良かれと思って行動したにも関わらず、事態の変化に伴って困難な状況に陥っていく輪王寺宮能久親王の姿に運命の恐ろしさのようなものを感じます。さて、最後はどうなるのでしょうか?そこは是非読んでご確認下さい。亡くなった時のことまで詳細に調べてあります。時代に翻弄された人の人生は後世に非常に多くの教訓を残していると思います。

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吉村昭 「海の史劇」

日本と外国との戦争を描いた作品は数限りなくありますが、おそらくそのほとんどは日本の目線で描かれていると思います。日清、日露、日中戦争、そして太平洋戦争でもその描き方は日本から見た戦争になっているのがほとんどです。それは取材がしやすいということもあるし、また日本の立場に同情的に書きたいという意図もあるからだと思います。しかし戦争には相手国があります。つまり先方にも思惑は大いにあるということです。でも視点を片方の側だけにおくとどうしても視点を置いた側に肩入れした形にならざるを得ません。その点から考えると、日露戦争における日本海海戦を描いたこの作品は、日本側とロシア側双方とも徹底的に取材し、そしてどちらかに偏ることなく公平に史実を描いているので、評価すべき希少な記録文学なのではないかと思います。通常日本海海戦を題材にする時は、華々しい日本の勝利をメインにしてその前後を少し盛り込んで描くというのがだいたいのパターンですが、この作品はロジェストビンスキー率いるバルチック艦隊が出港する場面から始まります。そこからしばらくは艦隊が七ヶ月もかけて地球の半分を回航してくる苦難の記録です。実に様々なトラブルに見舞われながら、必死の思いで戦場まで到達したことがわかります。海戦以前のバルチック艦隊の苦労をここまで詳細に描いた作品は珍しいと思います。そして迎える側の日本の準備、心境も当然詳細に描かれています。そして迫力の海戦シーンも徹底的に綿密に描かれており、迫力は非常にリアルに伝わってきます。そして海戦後の顛末もまたしかり。捕虜になったロシア人たちへの日本の待遇はどうだったのか、そして関係者のその後の人生まできっちりと描かれています。完璧な仕事です。その文章には冷静に歴史を見る目と真実を伝えようとする情熱が含まれています。歴史の見方を考え直してみるという意味においても絶対にお勧めの作品です。

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吉村昭 「羆嵐」

大正4年12月、北海道の開拓村において恐ろしい事件が発生しました。冬眠できなかった巨大な羆が村を襲い、わずか2日間で6人(+胎児1人)の命を奪い、3人に重傷を負わせました。羆は一度人間を食べるとその味を覚えてしまい、また人間を襲うようになるらしく、空腹を満たすために次々と犠牲者が出たというわけです。その羆は足先から頭までの高さが2メートル70センチ、体重は383kgという巨大さでした。そんな大きな熊が冬の夜に民家を襲うなんて想像しただけで寒気がします。この事件は日本獣害史上最大の惨事と言われています。こういった事件を緻密に調査し整理して、誰にも理解しやすい文章で作品にすることにかけては吉村昭という存在は絶対的なものがあります。題材として選ぶ事件も非常に興味深いものばかりで、どの作品も一度読み始めると事件の顛末が知りたくて止まらなくなります。一般に「三毛別羆事件」と言われているこの事件も吉村昭によって詳細がきちんとまとめられており、しかもそれに沿って物語としても成り立っていますので飽きさせず、面白く読ませてくれます。この巨大な羆に対して大勢の男たちが挑むわけですが、羆との対決など初めての者ばかりでとても太刀打ちできません。そこで羆撃ちの名人である銀四郎に羆退治を依頼します。そして巨大羆と老練なマタギとの対決が始まります。この作品をきっかけにちょっとマタギについて調べてみました。自然の変化を読み、動物の習性を知り、何日も山にこもる強靭な体力と精神力を持った、本当に超人的な人たちであることを知って驚きました。さて、この巨大羆はどうなるのでしょう?是非作品で結末を確認して下さい。

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吉村昭 「戦艦武蔵」

2015年3月3日、マイクロソフトの共同創業者であるポール・アレン氏がフィリピン中部のシブヤン海で戦艦武蔵を発見したと発表し、その映像をYoutubeで公開しました。このニュースは世界中に驚愕をもって迎えられました。これまで何度か沈没した武蔵を探索する試みは行われましたが、いずれも発見には至っていませんでした。そして沈没後約70年にしてようやくその姿を見せたわけです。このニュースを聞いた時にえしぇ蔵は吉村昭の名作である「戦艦武蔵」を読んでいないことに気付き、すぐに買って読みました。おそらく戦艦武蔵を題材にした小説の中で一番詳細で一番面白いのではないでしょうか?本当に夢中で読みました。この作品は軍艦の戦記ものによくある”かく戦えり”的な物語ではありません。作品全体の3分の2以上は武蔵が出来上がるまでの経緯であって、戦列に加わって戦った記録は最後の3分の1にも満たないのでその辺はご注意下さい。そうなるのも無理はありません。実際に華々しく武蔵が戦ったのは、最後のシブヤン海での死闘ぐらいで、他には目立った戦績がないのです。武蔵と大和はとにかく巨大で、移動するのに大量の燃料を消費します。当時の日本はとにかく燃料に不足している状態でしたので、武蔵と大和はなるべく大人しくして燃料を節約し、ここぞという大一番で敵の艦隊を46センチ砲でなぎ倒すというのが与えられた任務でした。だから武蔵の戦う場面はつまり武蔵が死にいく場面になるわけです。この作品を読むといかに多くの人が苦心して作り上げたか、そしていかに多くの人が乗り込んで、戦って、そして死んでいったかがわかるので、読み終わってから再度Youtubeで海底の武蔵の映像を見ると、なんとも胸に迫るものがあります。シブヤン海に眠る武蔵の誕生から最後まで皆さんも是非読んで下さい。戦争の虚しさがまた違う角度から知ることができると思います。

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