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福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

松本清張 「西海道談綺」

松本清張は膨大な量の作品を残しています。松本清張記念館によれば冊数でいうと約700冊とのことです。それだけの数になると代表作を選ぶのが大変です。あれもこれもと選んでいくと代表作だけでどんどん数が増えていきます。これは作品数が多いだけでなく、ジャンルが多岐に渡ることにもよると思います。推理小説、歴史小説、現代小説、ドキュメンタリー、それに随筆や紀行文もあります。それぞれのジャンルに傑作があるのでなかなか絞れません。それに個人的な趣向もあるので誰に聞いても一致しないことも特徴です。もしえしぇ蔵が選ぶなら、王道を行く「点と線」、「ゼロの焦点」、「砂の器」「わるいやつら」、「黒皮の手帳」、「或る『小倉日記』伝」、「西郷札」、「張込み」、「日本の黒い霧」……などの錚々たる作品に加えて、この一冊「西海道談綺」を加えます。これはジャンルでいうと伝奇小説になります。伝奇小説というのは歴史ものではあるけど史実に基づいていない創作で、伝説や超常現象などが絡んだファンタジー的要素を含むエンターテイメント作品という感じでしょうか。だからこの作品の特徴と言えば単に一言、”夢中になるほど面白い”ということです。舞台は江戸時代。主人公は妻と浮気した上司を斬り、妻を廃坑に突き落として逐電します。そして江戸へ出て名を変えて新たな人生を手に入れます。運も手伝って出世して、西国郡代手附として日田に派遣されます。そこで奇怪な事件に巻き込まれて、不気味な悪の集団と対決することになります……。文春文庫で500~600ページのものが4冊という大作ですが、とにかく面白いので長さは気になりません。それにしても全くの創作でこれだけの量を書けるという力量には本当に驚きます。大御所の常人には測り知れない創作能力の前にはただひれ伏すのみです。

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松本清張 「西郷札」

松本清張は、昭和27年に「或る『小倉日記』伝」で芥川賞の受賞により表舞台へデビューしましたが、実はその前にここで紹介する「西郷札」で昭和26年に「週刊朝日」が募集した懸賞小説に入選し、その年の直木賞候補になっています。そのことが翌年の芥川賞の受賞につながっています。当時松本清張は既に43歳でしかも苦労の連続の人生経験を経ていたとはいえ、とてもデビュー前の作品とは思えない完成度に審査員はきっと驚いたことだろうと思います。西郷札とは、西南戦争の時に西郷軍が軍費調達のために発行した軍票です。後で換金できるからと一般人に強制的に買わせていたそうです。でも敗戦によって価値は0に。しかも政府がその補償もしなかったので全くの紙屑になりました。この作品ではそれを政府が補償するかもしれないという噂から一つの事件が起こります。主人公は不本意ながら事件に巻き込まれていきます。しかしその噂には私怨がからんだ罠があって……ということで、短編でありながら事態がどんどん展開し、全く目が離せない面白さがあります。襟首つかまれてぐっと本の中に引きずりこまれるような強さを感じます。最初にしてこれですから、後の大作家への道というのはもう最初から約束されていたんだなと思います。物語の面白さに加えて、時代考証の細かさは随所で感じます。この点も調査に重点を置く松本清張の仕事の特徴が既に出ています。史実をきちんと調べ、想像力を働かせて物語を組み立て、巧みな文章で綴るという完璧な仕事はデビューの時点で確立されていたことがよくわかります。大物というのは最初から大物なんですね。

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松本清張 「空の城」

1975年に起こった「安宅産業」の経営破綻をご存知でしょうか?ご年配の方は覚えていらっしゃることでしょう。これは非常に衝撃的な出来事でした。「安宅産業」というのは当時日本において三井、三菱、住友、伊藤忠などの錚々たる10大商社の中に名前を連ねていたほどの一大総合商社でした。それが石油業界への参入に失敗したことをきっかけに巨額の負債を抱えて破綻してしまったわけですからそれは大騒ぎになりました。こんな大きな企業が潰れてしまったらそれに派生した連鎖倒産によって日本の経済に大きな打撃を与えるということで、国を挙げてその事態に対処し、ようやく最後は伊藤忠への吸収合併という形で決着がつきました。この一連のすったもんだを松本清張が綿密に取材して、企業名や個人名だけを架空のものに替えただけで、内容はほぼ実際に起こったことそのままに小説にしたのがこの作品です。松本清張はこういった事件や事故のドキュメンタリー的な作品においてはその驚くべき取材力と豊富な知識で読者を圧倒させますが、この作品においても石油精製工場における精油のしくみ、社主の趣味である中国、朝鮮の陶磁器などの説明においてそれを発揮します。あまりに詳細に渡るのでついていくのに大変な部分があるほどです。この作品は一大商社の崩壊までのプロセスを克明に記したものにすぎず、脚色的なドラマがない(必要ないほど面白い)ので、企業というものがいかに倒産していくかを知ることができます。各々は自分の仕事をしているだけでそこに悪意も何も介在しないのに、ちょっとした見込み違い、不運の重なりなどによって大変な事態を引き起こしてしまうというビジネスの世界の実情を学ぶには大いに参考になる作品です。実際に商社マンにはよく読まれている作品だそうです。

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松本清張 「日本の黒い霧」

松本清張のどういう点がすごいかというと、文章力や創造力もさることながら、やはり取材力ではないかと個人的には思います。北九州市小倉にある松本清張記念館の「書庫」には彼が調べ物のために集めた本がありますが、その数はなんと3万冊です。それだけでちょっとした図書館という感じです。自分の足で各地を歩きまわり、たくさんの人にあって話を聞き、いろんな本を参考にして調べに調べあげた上、最後に自分の意見を加味して書くというのが彼のスタイルなので、非常に作品に説得力があります。絶対の自信が感じられるのです。きちんとした取材をしているからこそ、作品に奥行が生まれるのです。例えば同じ社会派の推理物の中でも面白さのみを追求して作品自体は軽いイメージを抱かせるものが多々ありますが、彼の作品にはずっしりとした重みと深い奥行があるのは彼の作品を読んだことある人なら誰しも感じたことだろうと思います。これは他を圧倒する取材力の賜物だと思います。その取材力のすごさを特に強く感じるのがこの作品です。日本にかつて起こった難事件を自分なりに調査しなおして、自分なりの推理を組み立て、結論を出しています。本当に細かく調べてありますから非常に説得力があります。「下山事件」「造船疑獄」「帝銀事件」「松川事件」などに正面から取り組んでいます。しかしここで扱っている事件というのは”難事件”というよりも、”解決してはいけない事件”というほうがふさわしいかと思います。つまり解決されると困るという人たちがたくさんいるのではないかと思ってしまう事件ばかりなのです。だからこの作品を発表することはある意味命がけと言っても過言ではないのです。おそらく実際に圧力がかかったのではないかと推測します。それでも屈することなく様々な問題を世に問う姿勢には完全に脱帽です。日々世に起こる事件の中には関係する個人や団体を守るために、故意に真実が明かされないまま過去に葬り去られるものが少なくないということをこの作品から学びました。

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松本清張 「或る「小倉日記」伝」

北九州市小倉の小倉城のすぐ近くに「松本清張記念館」があります。そこに行くと彼の作品の表紙を壁一面にずらりと並べているコーナーがあります。きっと驚かれると思いますがその数は半端じゃありません。生涯においていかにたくさんの作品を残したかを表しています。その数は1000にも及ぶそうです。全作品を読むというのはかなり大変な作業になると思います。それだけたくさんの作品を残しているからにはかなり若い頃から作品を発表していたのではと思われがちですが、実は作家の中でもかなりデビューは遅い方です。この作品は昭和27年の芥川賞受賞作で、彼はこの作品によって一躍メジャーの仲間入りを果たしますが、この時既になんと44歳でした。作家としてはだいぶ遅い出世です。本格的に作家活動に入るのはさらに3年後のことですが、そこからはまさに快進撃です。数々の賞をとりつつ、膨大な作品を残したというわけです。デビューが遅い作家に見られる共通点は、様々な社会経験を経て人間の幅も増しているせいか、初期の作品から既に完成度が高いということです。この作品はその典型的な例です。新人の登竜門「芥川賞」を与えるには逆に完成しすぎているという印象すら受けます。この作品は文学史上における謎の一つ、森鴎外の小倉在住時代の日記の在り処を追う身体障害者の主人公のひたむきな生き様を描いています。幻の日記を探す謎解き的なおもしろさと、主人公が障害と闘いながら強く生きるドラマ性という一見相反するような2つの要素をうまく融合させている点はまさに賞賛すべきテクニックです。全く無駄がなく極めてレベルの高い作品に仕上がっています。この後、怒涛の勢いで名作を発表し続けていくわけですが、この作品は彼の作品歴における大いなる序章と言えると思います。短編ではありますが松本清張の魅力がコンパクトに凝縮された作品ですので、今から松本清張の世界に入りたいという方には是非この作品を最初にして頂ければと思います。

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松本清張 「わるいやつら」

松本清張という作家の特徴の一つはその守備範囲の広さです。文学、推理・サスペンス、歴史・・・複数のジャンルにおいて傑作を残しています。その中でも作品の量において群を抜いているのは推理・サスペンスものです。「推理小説」という言葉は松本清張の作品から初めて使われるようになったということをご存知でしょうか?ちなみにそれ以前は「探偵小説」と表現していました。彼の推理小説の特徴は、犯人やそのトリックを暴くことのみに力点が置かれている通常の推理小説とは違い、犯人がその犯行に至った動機にもより筆を費やしていることです。警察・探偵=善、犯人=悪 という明確な線引きは行わず、犯人も好きでそういうことをしたのではない、そうなるに至ったやむを得ない事情があったんだという視点で描いています。本当に悪いのはそういう状況に追い込んだ社会環境ではないのか?という基本理念が底にあります。そういったことから「社会派推理小説」とも呼ばれます。彼の推理小説における大作はそういう体質ものが多いです。ではここで紹介する「わるいやつら」はどうなのか?この作品では一転して、一片の同情も必要ないほどに犯人が悪に徹しています。タイトルの「わるいやつら」というのが内容を実に的確に表しています。ある病院の院長が主人公なんですが、この男には良心のかけらもなく、やりたい放題に生きてついには犯罪を犯します。彼に苦しめられた人々の怒りは爆発し、彼への復讐が始まります・・・結構長い作品なんですがそれにも関らず構成が完璧ですしハラハラさせるストーリー展開なので長さを感じさせません。とにかく面白いの一言につきます。夢中になること請け合いですからお時間ある時に一気にどうぞ。

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