蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

永井荷風 「新橋夜話」

まずタイトルにご注意下さい。「しんばしよばなし」と読みたくなるところですが、これは「しんきょうやわ」と読みます。江戸の風情が残った東京の古い街並みを背景に、花柳界の芸者にまつわるストーリーをオムニバス方式にまとめたものです。なにしろ永井荷風ですから文章が美しいのは言うに及ばずですが、それと同時に一つ一つのストーリーの面白さと、あとに余韻を残す最後の幕切れの巧みさはまさに絶妙で、こういったところに計り知れぬ永井荷風の実力を感じさせられます。全部で12話ありますが、いずれ劣らぬ傑作です。物書きという儚い夢を追うえしぇ蔵にとっては、小品においても永井荷風が書くとここまで違うものかと全く愕然とする思いです。どんな作品かちょっと最初のくだりだけ読んでみようとぱらっと開いて読み始めると、文章の美しさとテンポの良さについ引き込まれて、もうちょっと先まで、もうちょっと先までと読み進んで結局一話読んでしまう。それほどの魅力を持った作品が12話も集まっているわけですから、この「新橋夜話」一冊で永井荷風の力量の一端を知るには十分ではないかと思います。ちょいと粋な花柳界の小話、たまにはいいんじゃないでしょうか。ちなみに文学好きな人に好きな作家を聞くと、永井荷風と答える人が少なくありません。文学が好きになればなるほど、この人の作品はより魅力的に思えてくるから不思議です。

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永井荷風 「おかめ笹」

悪人ではない普通の人であっても、俗な考えに縛られてよくないことをしてみたり、そして失敗して後悔したりということは常にあることです。また人間というのは精神的に弱い生き物であって、それがたくさん集まることで社会というものが形成されているのだと思います。本当に心から善人で非の打ち所のない聖人君子などは存在しないと思います。そういう観点から永井荷風の作品を読むとしみじみと心に沁みてくるものがあります。いろんな欲に振り回されてあっちふらふら、こっちふらふら、そしてドジを踏んで後悔するけどまた欲が湧いてきて同じ失敗をする。読んでいて「まったくしょうがねぇなぁ」なんて思ってしまう登場人物がこの作品には出てきますが、それはきっと誰の中にでもある姿だと思います。自分はこんなんじゃないと思いながら読んでいても、どこか共感を持ってしまうのでつい許してしまう。この作品の主人公を見てるとそんな気持ちにさせられます。でも凡庸で愚かな主人公も偶然に幸福へのきっかけをつかみ、今度はそれに振り回されてどんどん人生が開けていきます。えしぇ蔵は実際の人生もそうだと思います。多くの場合、成功というのは偶然のきっかけがかなり作用していると思います。この作品を読んで、結局は人間というのは幸せにも不幸せにも振り回されて生きる愚かな生き物なんだと教えられるような気がします。何かに秀でた才を持ち、成功に向かって邁進する優れた人物ではなく、市井のありふれた、弱さをもてあましつつも自分なりに生きるごく普通の人々を描かせればやはり永井荷風の筆は他の追随を許さないものがあると思います。こういう言葉を残しています。「われは決して華々しく猛進奮闘する人を忌むに非ず。われは唯自らおのれを省みて心ならずも暗く淋しき日々を送りつつしかも騒し気に嘆かず憤らず悠々として天分に安んぜんとする支那の隠者の如きを崇拝すと云うのみ」なるほどこういう境地にある人だからこそこの名作が生まれたのだと理解できると思います。まさにそこにこそ永井荷風の文学の源泉があるのではないでしょうか。

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永井荷風 「ふらんす物語」

読み終わった後もいつも手元に置いて、気が向いたらぱらぱらとめくってみたい作品というのがいくつかあります。この「ふらんす物語」もその中の一冊です。面白いし、短編の連作形式で読みやすいし、それに文章が美しいのは言うに及ばず、そしてどこか親しみが持てる名作だからです。フランスが舞台なわけですからフランスに行ったのかと思いますよね?確かに行ってます。彼はアメリカとフランスに行ってます。明治時代にですよ?その時代にどうしてそんなすごいことが?そう。おぼっちゃまなのです。父親は高級官僚です。遊学のために行かせてくれたわけです。行った先で正金銀行に勤めたりしていますので、言ってみれば海外駐在員みたいな生活をしていたわけです。要するにエリートなのです。父親としてはいろいろ勉強して修行を積んで、帰ってきたら立派な実業家になってくれるものと思っていたわけですが、逆に海外で受けた刺激から新たな文学の形を追い求め、日本に戻ってからはせっせと文学活動することになるわけで、父親としては期待が外れてがっかりしたでしょうが、これだけ日本文学史に燦然と輝く超大物作家となって、後世の作家に多大の影響を与えたわけですから、洋行は大当たりだったと言っていいのではないでしょうか?どういう経験で生きる道を見つけるかって予測できないものですからね。ところで不思議なことにこの名作は当時発禁になっています。その理由は当時のおかみが明らかにするわけがないので今となっては神のみぞ知ることですが、様々な説があります。あまりに日本の外交官をだらしなく描いているから、現地の晩餐会での日本人の様子をリアルに描きすぎているから、外国の女性との色っぽいシーンが描かれているから・・・などなど。どの説も発禁にするほどかなという程度のものですが、当局が外国との関係でピリピリしていた時代ですからちょっと厳しくしたのかもしれません。ただそういうすったもんだがあったせいで今ではその幻の発禁版が超がつくお宝となっています。埼玉県の「さいたま文学館」で本物を見ることができるそうです。

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永井荷風 「墨東綺譚」

「墨東綺譚」。文学好きの人間にとってはなんとも重い響きです。そして自然と偉大なるものへの敬意をもってこの四つの文字を眺めている自分に気付きます。あらゆる面において素晴らしい日本の文学の傑作中の傑作です。この作品は彼得意の花柳界の話ですが、なぜか彼が書くとそれが非常に風流なものになるから不思議です。文章が美しいからか、一行一行が非常に楽しめます。えしぇ蔵は同じ箇所を何度も読み返して楽しんだりします。行きずりの恋の不安定さ、男と女の揺れる心情、その背後にある季節や町の様子、それらが彼の筆致によって表現されるともうそれは至高の芸術です。舞台は向島なんですが、そこに描かれているのは現代的な東京ではなく、風情を残した江戸の町です。かつての日本の姿を探して、それを情緒豊かに表現し、読む人の中に風流な日本の町を再現してくれます。どの作品でも細かい情景描写にそういう部分があって、物語以外の部分でも楽しませてくれるのが彼の作品の一つの特徴です。ストーリーは極めてシンプルです。主人公の大江は取材のために私娼窟を訪ね、そこでお雪という女性と出会います。そこから大江とお雪のつかの間の恋が始まって、なんとも曖昧で不思議な関係がしばらく続きます。えしぇ蔵が特に好きなのは、この二人の会話です。小説は会話がわざとらしかったり、ありきたりだったり、稚拙だったりすると物語全体の質を一気に落としますが、この作品の会話部分の完璧さは圧倒的ですらあります。粋な言葉のやりとりが極めて自然に交わされます。書かれていない言葉の奥の心情まで伝わってきます。物書きにとっては教科書のような名作です。是非是非ご一読を。いいえ、三読、四読を。

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