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福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

高浜虚子 「虹」

高浜虚子と言えば俳句ですが、実は小説家を目指していました。正岡子規に見込まれなければ小説家になっていたかもしれない人です。実際、正岡子規が亡くなってからは俳句はやめて小説に没頭していた時期がありました(後に再び、ライバル河東碧梧桐に対抗するために俳壇に復帰します)。ですので優れた作品があっても別に不思議ではないのです。その中でもこの「虹」は涙ものの感動作です。全て実話で、虚子の愛弟子の愛子(森田愛子)が病弱で余命わずかという状況が続き、時々虚子は見舞いがてら会いに行っていました。療養先は三国という町で、愛子はそこに恋人と母親と三人で暮らしています。虚子は鎌倉に住んでいましたが、愛子が虹を見てぽつりというセリフ「あの虹の橋を渡って鎌倉へ行くことにしましょう。今度虹が立った時に……」が作品全体のいわば出発点になっています。そこから虹がテーマとなり、虚子は虹の俳句を詠みます。そしてもう一つのポイントはもとは名妓と言われたお母さんが宴会の席で歌と踊りを披露するシーンです。それを見て感動した虚子は声を上げて泣きます。それにつられて他の人たちも涙を流します。なんとも感動的なシーンで一つの盛り上がりを見せます。非常に短い作品ですがぎっしりと感動の要素がつまっている名作です。虚子の小説、かなりいいですよ。ちなみに森田愛子は道行けばすれ違う全ての人が振り返ったと言われたほどの美人だったそうです。まさに美人薄命ですね。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

高浜虚子 「風流懺法」

高浜虚子は俳句の世界の人なので自然や人物を写生するような文章を得意としており、初期の頃はそういった写生文が多かったわけですが、この作品からいわゆる一般的な小説という形のものを書き始めます。ですが文章はやはり写実的で、それだけに登場人物の姿やまわりのシチュエーションが非常にありありと想像できます。つまり、ストーリーとしては創作なんですけど、文章はあたかも見てきたかのように写実的なわけです。これは小説としてはかなり優れているということを意味しています。実際に非常な傑作として評価されています。京都で叡山に登ったり、祇園で遊んだりした経験をもとにして創作したそうですが、その時に念の入った観察をしていたのでしょうか、読んでいると自分もそこにいるかのような臨場感を感じますし、人間性を明確に表現された登場人物たちはユーモラスにいきいきと動きまわります(特に一念という小僧さんのセリフや動作などは実に微笑ましく、どこか平和な気持ちにさせてくれます)。もし小説を書いてみよう思う人にはこの作品は非常に優れた教科書になると思います。敬意をはらうべき名作の一つです。ちなみに「懺法」という言葉は仏教用語で、罪を懺悔する際の儀式の作法のことだそうです。法華懺法、観音懺法、阿弥陀懺法などいくつか種類があるそうです。それに「風流」ということばを結びつけるところがなんとも、高浜虚子らしいセンスだなと思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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