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福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

岩野泡鳴  「毒薬を飲む女」

岩野泡鳴という人は、「私は貧乏しても文学と共に生きていきます」的な、いわゆる文学一筋の人ではありません。あまりの貧乏に嫌気がさしたのか、途中で文学は放り出して北海道に渡り、蟹の缶詰工場を作るという事業に取り組みます。ところがこれが失敗。失意のうちに北海道を放浪している間に数々の名作を残しています。それが、「放浪」・「段橋」・「発展」・「毒薬を飲む女」・「憑き物」の泡鳴五部作です。自然主義文学の作品なので基本的に自分の実体験をもとに書かれています。「毒薬を飲む女」では主人公はまだ北海道には渡っていません。奥さんをほったらかしにして愛人と遊んだりしますが、あげくは愛人も捨てて事業のために北海道へ行く準備を急ぎます。もうこんな貧乏やうるさい女たちからもおさらばだ!という感じで。はっきり言って主人公はやりたい放題のろくでなしです。話は事業が成功するかどうかまでは書いていませんが、読んでいくとどうせ事業も駄目になるだろうと思えてきます。実際失敗したところを見ると、やっぱりこの人には文学しか生きる道はなかったのではないかと思ってしまいます。河上徹太郎も岩野泡鳴のことを偉大な文学者と言ってますしね。こういう作家の生き様を見ていると、やはり文学というのは幸福な人生からは生まれてこないのではないかと思ってしまいます。岩野泡鳴に限らずいろんな作家が、苦悶する人生の中で名作を生み出しているのは間違いありません。ただそれにはいくつかパターンがありまして、自らの意志で苦労の道を進んだ人もいれば、欲してはいないが様々な事情から仕方なく苦労を背負った人もいますし、生まれながらにして不幸な環境が用意されていた人もいます。岩野泡鳴の場合はどうかというと、一旗揚げようと志して思いきって冒険の人生を選んでみたものの、失敗して苦労したというパターンになります。文学の才ある人は所詮文学から逃れることはできないのかもしれません。文学の方から追いかけてくるんでしょうね。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

岩野泡鳴 「耽溺」

ちょっと専門的な話になりますが、小説を書く場合には人称というものが重要になります。つまり誰の視点で作品の中の世界を見せるかということです。主人公の目線だけで書くことを「一元描写」と言います。作者は主人公の視界を前提にしています。自分の主張したいことも主人公のセリフという形で表現できます。今の小説はほとんどがこの方法で書かれていますので、皆さんも別に珍しいことには感じないだろうと思います。実はこの方法で書くべきだと最初に主張したのは今回紹介する岩野泡鳴なんです。当たり前のことになってしまってますが、何事も先人の努力があってこそ現代において当たり前なのです。一方、複数の登場人物の視点から書くことは「平面描写」と言います。Aさんの視点で書いてるかと思えば、次の章ではBさんの視点になってるような状態ですね。出来事を客観的に淡々と描く場合に使われます。これを主張したのは田山花袋です。「一元描写」は書きやすいし読みやすいですが、場面に必ず主人公がいないといけません。「平面描写」は書くのも難しいし読むほうも混乱する場合がありますが、あらゆる場面を自在に描けます。一長一短ですね。「一元描写」の何たるかを知るにはこの作品が最適です。そういう技術的な面に注意しながら読むとストーリーとは別の面白みがあります。ストーリーは、主人公の作家が作品を書こうとある家に間借りしたら隣に芸者のいる家があって、そこの芸者にいつのまにかずるずるとはまってしまっていく・・・というしょうもない男の話です。この芸者がまた曲者で男を三人、四人、翻弄させます。あっちでいい顔、こっちでいい顔、最後はそのツケがまわってきて・・・といういかにも自然主義文学的作品です。ごまかしが嫌いで我が強いけど、一面だらしないところもある岩野泡鳴の人柄が主人公の描写にあらわれています。ストーリー的に面白いとは言いがたいですが、「一元描写」を学ぶ上で欠かすことのできない重要な作品です。

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岩野泡鳴 「放浪」

岩野泡鳴のいわゆる五部作と言われる中の三番目にあたる作品です。五部作とは、「発展」・「毒薬を飲む女」・「放浪」・「段橋」・「憑き物」のことを指し、この作品は「毒薬を飲む女」の続編ということになります。家族も愛人もほったらかしにして蟹の缶詰工場を作るという事業のために北海道からさらに樺太へと渡ったのはいいけど思うような結果を得ることができず、何か新規巻き返しの策を練るために樺太から北海道へ戻り、さてどうしよう?と途方にくれているところから話が始まります。友人知人の家に居候しながらいろいろな策を練り、根回しをするわけですがどれも実りません。そのうちに工場のほうもダメになっていきます。そんな状況でもしっかり色町には遊びに行くわけで、そこである芸者といい関係になります。東京に奥さんと子どもを残し、愛人も残し、それなのに北海道までまたこのざまです。そしてそれを包み隠さず書いてしまうこの人も度胸あるなぁと変なところで感心してしまいます。小市民的一文学者のばたばたと人生にあえいでいる姿を描いた作品です。文学的なテクニックにおいては五部作のどれもそうですが、彼お得意の三人称一元描写で描かれています。これは簡単に言うと三人称で書くのに、作者が代弁するのは主人公の気持ちだけで他の人の心情は表現しないというもので、要するに三人称でありながら独白のような形式です。この表現方法を確立したということで彼の名は永久に文学史から消えることはありません。そんなすごい人なんですが、どうもビジネスにおいては才能がなかったようですね。

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