蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

野上弥生子 「花」

野上弥生子の随筆集です。題材は多岐に渡っており、それぞれが書かれた時期も様々です。この人は非常に長生きで、なんと99年という長い時を生き抜かれました。この随筆集には若い頃のものもあり、最晩年の頃のものもあります。驚くのはその筆致に衰えはもちろん、スタイルの変化がないこと。これには実に尊敬の念を抱かずにはいられません。これは要するに若い頃から既にいろんな面で完成されていた作家だったということでしょうね。どの作品の文章も深みがあって、表現や言葉に重みがあって、ところどころに巧みなテクニックを感じます。それでいて流れるように淀みのない文章は気持ちよく読むことができます。実に高い水準にある人です。いくつもの小品がある中で、「夏目漱石」というのが特に興味深く読めました。野上弥生子は夏目漱石の弟子です。先に弟子になっていた、後に能楽やイギリス文学の研究で名を上げる野上豊一郎と結婚したことにより、夏目漱石とのつながりができました。「縁」という作品を夏目漱石の紹介で「ホトトギス」に掲載して以来、作家としての道を歩み始めます。作品を夏目漱石に褒められることが最高の名誉だと感じていたようです。(最初に書いた「明暗」という作品の批評は落第点を貰ったそうですが、その批評が書かれた手紙の長さは1メートル半もあったそうです。)非常に親しく接していたようで、この「夏目漱石」という作品では普段の夏目漱石の様子が実にリアルに描写してあり、あの偉大なる文豪の素顔を垣間見ることができるという意味でも非常に興味深い作品です。「夏目先生は、要するに非常に庶民的な方で、江戸っ子の気っ風を、英国紳士としての教養や思想の中にちゃんと持っていらっしゃる方。」という箇所がありますが、この文章だけでも夏目漱石の人物像が浮かんでくるような気がします。他にも優れた小品を集めてあります。お休みの日の午後なんかにお茶でもしながら読むなんていうのが似合う作品です。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

野上弥生子 「大石良雄」

大石良雄って誰のことかわかりますか?大石内蔵助のことです。つまりこの作品は忠臣蔵ものなんですが、事件そのものの経過をたどる普通のそれとは違って、討ち入りを決断するまでの大石内蔵助の心の葛藤を描いた短編です。だから松の廊下や吉良邸討ち入りのドタバタはありません。ただ静かに時間が経過していきます。次々に人が訪れて来て、討ち入りを決行せよとか、思い止まれとか、いろんなことを言います。そういう意見に追い回され、決断を迫られる大石内蔵助は悩み苦しみます。ここで描かれているのは気が弱くて優柔不断な大石内蔵助なんです。普通なら毅然とした男らしいリーダーとして描かれることが多い人をこういう視点で描くというのは非常に斬新なことです。英雄ではなく一人の人間の心の逡巡を見事に描いてあります。その人の残した結果、つまり外側から人間性を推測して描くことは誰でもすることですが、この作品のように実は外面と裏腹の内部の葛藤からその人物を描こうという試みは女流作家ならではの発想かもしれません。男は結果を求め、女は過程を重視する傾向があるようですが、この作品の発想もそういう点から生まれてきたのかもしれません。思えば歴史上の偉大な人物の人間性というのはその功績の大きさがゆえに過大に評価されているのかもしれません。謹厳実直であるとか、勇猛果敢であるとか、後世の人間が評価しているのは実はその人の一面でしかなく、一般庶民と同じように弱さも持っていたのではないでしょうか?この作品においては大石内蔵助の弱さを実に巧みに描いてあると思います。実は大石内蔵助も討ち入り決断までにはかなり悩んでいたという記録があったらしく、それを参考に書かれたそうです。英雄も人間です。やはり弱気な面もあったはず。この作品は英雄に逆方向から光をあてるとこうなるという一つのいい例といえるかもしれません。

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野上弥生子 「海神丸」

女流文学の歴史をひもとくと、その背骨として長い期間どっしりと構えている大きな存在があります。それが大御所中の大御所、野上弥生子です。この人のイメージは何事にも動じない貫禄抜きには語れません。文壇がいろんな派に分かれて、やれこっちが主流だの、こっちが本当だのと競い合うのをよそに、自分の文学を静かにゆっくり熟成させていったという感じを受けます。その姿勢を保ったまま実に99年もの長寿を保ちます。女流文学史の背骨と言いたくなるのもわかるでしょ?この作品は初期の頃のもので、大正11年9月に発表されました。彼女の代表作として必ず名前が上がる作品です。運送船が嵐にあい遭難する話で、今ではよくある”人間の極限状態における異常な行動”をテーマにした作品です。実際に似たような体験をした人から聞いた話をもとにしているそうですが、それにしても女性の筆によってこういう内容のものをまだ経験も浅い頃にさらさらと書いてしまうところに天性の才能を感じずにはいられません。しかもこういうきわどい内容の場合は、情景の描写が細かいほどリアル感が出るのでそれによって読者は緊張しますが、野上弥生子の筆によればリアル感はもちろんのこと、そこにどこか美しさをも感じるのは、彼女独自の才能のあらわれではないでしょうか?漂流が続けば食糧がなくなる、極限状態まで追い込まれ、正常な判断ができなくなった人間のどうしてもいきつくところ、それはカニバリズムです。小さな船の上で凄惨な騒ぎが起こります。女流作家には珍しくちょっときつい内容ですが果たして野上弥生子はどういう結末にするのでしょう??

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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