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福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

夏目漱石 「彼岸過迄」

夏目漱石は44歳の頃に胃潰瘍の療養のために修善寺の旅館に滞在しますが、そこで大量に血を吐いて危篤状態になります。医者が子どもを呼ぶように言ったというほどですからかなりひどい状態だったようです。しかし奇跡的に回復して自宅に戻ることができました。このことを一般に「修善寺の大患」と言います。まさに死の淵を歩いたこの経験を経て以来、夏目漱石の作風はあきらかに変わります。回復後に書いた作品でいわゆる後期三部作と言われるのが今回ご紹介する「彼岸過迄」と、「行人」と「こころ」です。この三つの作品にはどれも神経質で深く物事を考えすぎる人物が登場します。「彼岸過迄」においては”須永”であり、「行人」では”一郎”、「こころ」では”先生”がそれにあたります。鬱気味の人物の描写にはその頃の夏目漱石そのままの姿が垣間見えるようです。この「彼岸過迄」という作品では短編小説を繋げて長編小説にするという形式を試みており、「風呂の後」、「停車場」、「報告」、「雨の降る日」、「須永の話」、「松本の話」という章に区切られています。その中の「須永の話」において、特に夏目漱石の心理状態が反映されているように感じます。この頃は弟子が離れていったり、五女のひな子が幼くして死んだり(この時の様子は「雨の降る日」に描かれています)と、心労が重なっていたので、胃潰瘍の痛みとも相まってさぞかし苦しみながら書いたことだろうと思います。またそういう状況だからこそ、人の心の奥深くにあるものを表現できたとも言えるかもしれません。名作が生まれる背景にはよくあることですが、作者の実生活における苦しみというのは、何かを深く掘り下げて表現しようとする際には必要な要因の一つなのかもしれません。

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夏目漱石 「行人」

日本の文学を築きあげてきた偉大な文豪たちの名作というのは、それを読む時期が異なると、受ける印象や得ることができるものに大きく差が出るのではないかと、40代後半になってから特に感じるようになりました。例えば夏目漱石の作品を高校生や大学生の時に読むのも大いに結構です。若い心理にも大変大きな影響を残すことでしょう。それでもどうしても若さゆえに受け入れる器が小さく、思慮にも乏しいので多くのものを見過ごしていることに気付かないこともまた事実です。一方で社会に出て何十年もの間、様々な経験をして、人生とはかくも苦しいのか、楽しいのか、辛いのか、悲しいのかと感傷もひとめぐりして、ある程度生きていくことに疲労を覚えるようになった時に夏目漱石を読むと、まるで砂漠を歩いている時に不意に与えられた水のように夢中で身体が吸い込んでいくのを感じます。その言わんとしていることがよくわかるんです。そして共感するんです。これは中高年者に演歌が支持されることと似ているかもしれません。結論として、えしぇ蔵は名作は長い年月を間に置いて読み返すべきだと思います。おそらく年老いて余命もわずかになった頃に読むとまた違ったものを得るかもしれません。この作品も40代以上の方が読むとより心に響くものがあると思います。主人公の兄は精神を病んでおり、その兄にどう接していいかわからずに翻弄される家族の姿を描きつつ、病人と健常者の間の、続かない心のキャッチボールの悲しさを訴えています。心にずっしりときて、読んだ後に腕を組んで溜息が出るような重みのある作品ですが、非常に大きなものを心に残してくれる気がします。是非手元に大事に保管して、10年、20年おきぐらいに読み返すことをお勧めします。回をおうごとに作品が深く感じられると思います。

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夏目漱石 「草枕」

夏目漱石が日本を代表する作家であり、知名度も実力も群を抜いているということを否定する人は、よほど独自の道を行く評論家でもない限りいないでしょう。ですが本当にみんな正しく評価しているのでしょうか?そこはちょっと疑問ですね。有名だから読む、読んでおかないと恥だから読む、そういう人も多いのではないでしょうか?夏目漱石は名声ばかり先に立って、その実力を正確に評価されているとは言い難いのではないでしょうか?ここではっきり強調したいのですが、夏目漱石は恐ろしいほど優れた文学者です。文章の巧みさ、テーマの深さ、全体に感じる余裕・・・この人ほどの作家はもう出ないと断言してもいいのではないかと思うほどです。その優れた面の一つとして冒頭の書き出しのうまさがあります。えしぇ蔵は川端康成の「雪国」の冒頭、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。」や、島崎藤村の「破戒」の「蓮華寺では下宿を兼ねた。瀬川丑松が急に転宿を思ひ立つて、借りることにした部屋といふのは、其蔵裏つゞきにある二階の角のところ。」、梶井基次郎の「桜の樹の下には」の「桜の樹の下には屍体が埋まっている!これは信じていいことなんだよ。」などが好きですが、それらを抑えて最も好きなのはこの「草枕」の冒頭です。「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」このリズム感ある始まりはあまりにも有名ですので皆さんもご存知でしょう。個人的にはこの一文だけでどれだけ自分の文学精神が動かされたことかわかりません。作品全体の美しさも筆舌に尽くしがたいものがあります。作品の中では芸術とはなんぞやということが登場人物の口を通して語られますが、この美しい作品こそまさに言葉という絵の具をもって描かれた芸術です。どの角度から見ても申し分ない名作ですが、夏目漱石にとってはこれも数ある名作のうちの一つに過ぎないのですから恐ろしい話です。

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夏目漱石 「我輩は猫である」

言わずと知れた日本の近代文学の最大の貢献者夏目漱石のデビュー作であり代表作です。夏目漱石が文学の世界に入ったきっかけは小説ではなく俳句でした。大学時代に出会った正岡子規の影響で俳句を始めます。しかし文学を本業とするのはかなり後のことで、教職についたり留学したりして人生経験を積みます。夏目漱石の人生を研究するにおいて必ず大きなポイントとなることは、彼が若い頃から神経衰弱気味であったことです。肉親との死別や自らの病気(肺結核)の経験、失恋などが原因であると言われていますが、かなり重症だったようです。そんな彼を見かねた友人の高浜虚子が「ホトトギス」に小説を発表してみないかと勧めます。そうして書かれたのがこの名作というわけです。当初は一回読みきりということでしたが、非常に好評だったので続編が書かれていき、結構なボリュームの長編となりました。この経験が彼を文学の道に歩ませることになり、新たな人生を発見させることになります。いわば高浜虚子は一人の天才を世に送り出した大変な貢献者ということになります。この作品はなんといっても読む人を選ばないユーモアによって孤高の存在となり得ました。江戸時代にもユーモラスな文学はありましたが、明治以降においてここまで本格的にユーモアを支柱にした文学はこれが最初ではないでしょうか?猫の目から冷静に観察した人間の滑稽な社会を皮肉を交えて描くというアイディアは当時としてはとても斬新で、世代はおろか時代までも超越して人を楽しませるものとして名作の名を恣にしています。文体こそ明治の香りが残っており多少読みにくい箇所はあるでしょうが、なにしろ笑えますのであまり気にはならないでしょう。ゆっくり時間をかけて楽しんで下さい。なにせ日本文学史の輝ける金字塔ですから。

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夏目漱石 「こころ」

有名ですから紹介の必要はないかもしれませんが、この作品にはえしぇ蔵個人的に非常に思い入れがありますので力を入れて紹介させて頂きます。夏目漱石は明治天皇の崩御の際に乃木大将が殉死した事件に強く影響を受けてこの作品の執筆を思い立ったそうです。岩波書店から出版されましたが、なんと岩波書店にとっては最初の出版物でした。確固とした文学精神を持つ伝統ある岩波書店の第1号の出版物として申し分ないですね。ストーリーは実にシンプルです。主人公には親友がいました。彼はある女性を好きになり、その想いを伝えることができず煩悶しています。そのことを相談される主人公ですが、実はその女性と主人公はお互いを想い合っている状態でした。つまり主人公は友情をとるか、愛情をとるかの決断に迫られるわけです。明治の日本人が持っていた強い倫理観と、人間誰しも心の底に有しているエゴイズムとが戦います。悩んだあげく主人公は一つの決断に達しますが、その結果悲劇が起きます。えしぇ蔵はこの作品を中学生の頃に読みましたが、その時のショックは忘れられません。そのショックというのは2通りありまして、一つは劇的なクライマックスです。え!?そーなると!?というショック。もう一つはそれまで文学小説に興味がなかったえしぇ蔵に、文学小説の面白さを教えてくれたという意味のショックです。この作品との出会いがきっかけで、えしぇ蔵は広大で深遠な文学の世界にはまっていきます。一つの生きがいを得たとも言えると思います。読むことも書くことも、そしてこうやって名作を紹介することも、すべてはこの作品から始まりました。まさにえしぇ蔵にとっては恩人のような作品です。皆さんにも是非えしぇ蔵の人生を変えた作品を読んで頂きたいです。

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