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蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

北杜夫 「楡家の人びと」

北杜夫といえば「船乗りクプクプの冒険」や「どくとるマンボウ」シリーズなどが有名ですが、純文学も素晴らしいものを残しています。その中でも特に傑作なのがこの作品です。タイトルにあるようにだれか一人が主人公というのではなく、楡家の一族あるいはそれに関係する人々が各場面において主人公となります。楡家は三代続く医者の家で、初代が明治の頃に開院して成功し、大きな病院を建てて一族は繁栄します。それが大正、昭和と時代が変わっていくうちに関東大震災や、火災や、戦争などを経て徐々に没落していきます。その過程を主人公を変えながら描いているわけですが、それぞれのパートが独立して小説になるほど面白く、またテーマやタッチも変わるので全く退屈させません。初代の楡家の当主である基一郎や、事務長の勝俣が主人公のパートでは「吾輩は猫である」を彷彿とさせるようなユーモラスな内容となっており、娘婿で二代目の院長となる徹吉がメインの時には古代ギリシャに始まる精神医学の歴史を記述した学術的な内容になっています。美人の次女聖子の物語は駆け落ち後に結核になる悲劇で、徹吉の長女藍子の物語は戦争に翻弄される悲恋を描いています。また、徹吉の長男峻一の友人である城木の物語は空母瑞鶴に乗って体験する完全な戦記物です。魅力ある登場人物たちがそれぞれ時代に翻弄され、死んでいったり、落ちぶれていったり、必死に生きようとしたりする姿を見事に描いています。実はこの壮大な物語は実際に医師として三代続いた北杜夫の実家をモデルにしています。北杜夫自身も精神科医で医学博士ですが、歌人として有名な父斎藤茂吉も医師です。そして基一郎のモデルである祖父の斎藤紀一も医師です。楡家のようにして日本の家族は明治、大正、昭和と様々な苦難を通して血を受け継いで、今の日本があるんだろうなと思うと、日本人としてちょっと感慨深いものもあります。大変な傑作ですので是非読んでみて下さい。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

井上靖 「蒼き狼」

世界の歴史には地図を大きく塗り替える英雄(あるいは侵略者)が登場します。アレキサンダー大王しかり、ナポレオンしかり。その中で最も広い範囲を我が物としたのはチンギスカン(成吉思汗)です。彼が築いた帝国は子孫の代も膨張を続け、一時はヨーロッパの一部にまで到達します。まさにユーラシア大陸の大部分を占領した形になります。ここまでの偉業を成し遂げた要因はなんでしょう?騎馬民族なので馬の扱いに巧みであったこと、効率的な軍隊編成、独特の弓を使用していたことなどの戦術的なことや、占領した国の文化を尊重した政策などもあるでしょうが、一番の要因はやはりチンギスカン(成吉思汗)の人間そのものにあったのではないでしょうか?昔の話なのでその人間性を深く知ることは困難ですが、そこに井上靖はロマンを感じ、このスケールの大きな物語を書く意欲を持ったのではないでしょうか。大小の部族が互いに派を競っているだけだったモンゴルの民族を一つにまとめあげ、周辺の国を占領し、巨大な帝国を築き上げたのは一体どういう人なのか?誰しも思うところだと思います。作品は文章が独特な表現方法を使用しており、それが古の物語をうまく演出しています。ストーリーもテンポよく進行し読みやすいです。まさに頭の中で超大作の映画が上映されているような印象を受けます。いつしか自分も馬上の人となって、広大な大陸を風を受けながら駆け巡っているような気分になれます。井上靖ならではのスケールのでかい、そして構成の完璧な歴史小説です。たっぷりお楽しみ頂けると思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

谷崎潤一郎 「魔術師」

谷崎潤一郎が妖しい美の世界を追い求めていたというのは皆さんご存知の通りですが、かなり初期の頃から既にそうであったというのを証明するのがこの作品です。大正6年に書かれたもので、当時の世間としてはかなりの異色作です。作品全体が幻想的な夢の世界のような雰囲気に包まれています。ある男女が公園のある建物で行われる魔術師の興行を見に行きます。その魔術師による不思議な美の世界に魅せられて、男女ともに魔術師に心を奪われるという噂なので、果たして自分たちの愛が魔術師に負けないかどうかを試しにいくわけです。そして美しき魔術師による美しき技を目にします。誰でもなりたいものを言えば魔術師の技によって変身することができます。はじめに魔術師は自分の奴隷たちを孔雀や豹の皮や燭台に変身させます。そして次に観客に志願者を募ります。数十人の人が自ら希望するものへと変身しました。そして最期に志願したのは愛を試しに来た二人のうちの男性でした。彼は半羊神になることを希望します。恋人を奪われた女性は男性の行くところについていきたいという思いで、自分も半羊神になることを望みます……なんとも妖しい世界でしょ?展開される情景の表現が見事で、小説というよりも芸術というべき作品です。読んでいくうちにふと、江戸川乱歩の世界に似てるなと思ったんですが、調べてみると案の定、江戸川乱歩と横溝正史はかなり谷崎潤一郎に影響されていたそうです。どうりで二人の作品はただの推理小説ではなく、そこに美の要素が織り込まれているわけですね。多くの作家に影響を与えた谷崎潤一郎の美の世界を覗いてみませんか?

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佐多稲子 「くれない」

佐多稲子は夫の窪川鶴次郎とともにプロレタリア文学を語る上で欠かせない存在ですが、窪川や中野重治に勧められて小説を書き始めた佐多の方が、なかなか日の目を見ない窪川を差し置いて先に世に出ます。そのうち共産党での活動で窪川は検挙されてしまいしばらく獄中生活を送りますが、刑務所から出てきた時にはすっかり佐多は有名になって稼ぎも多くなっていました。こういう自分より嫁が稼ぐという状況に置かれた男性というのは非常に大きな精神的打撃を受けます。同じ状況の男性にはよくわかることだと思いますが、家に帰っても”座るところがない”感じがするわけです。情けないという思いに苛まれます。そうなると悲しいかなどこかに逃避したくなる。心の救いを求めるようになる。それが窪川の場合は、佐多の友人でもあり作家でもあった田村俊子でした。嫁の友人を愛人にしてしまったわけです。それが発覚した後もしばらく二人はぎくしゃくしつつも同棲は続けますが、ついには離婚します。この一連の経過をほぼそのまま書いたのがこの作品です。登場人物の名前こそ変えてはありますが、ほぼ自分たちの赤裸々なドキュメンタリーです。これを佐多稲子は「婦人公論」に連載していましたから、今で言うワイドショーネタを自分で書いて発表していたようなものです。おそらく当時の人たちは興味本位でこの作品の展開に夢中になったのではないでしょうか?二人で話し合って別れると決めたのに、どちらも未練を残してずるずると中途半端な状態を続けてしまう。好きなのに別れようとする男女によくある光景をリアルに描いています。包み隠すことなく私生活をネタにしてしまうというのはこの当時の文学界ではよくあることでしたが、そういった作品の中でも妻の愛と男のプライドのせめぎ合いを見事に描いている点でこの作品は出色の出来ではないかと思います。

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宮尾登美子 「天璋院篤姫」

実はこの作品は宮尾登美子初の歴史小説なんですが、とても初めてとは思えない完成度です。宮尾登美子の作品というのはこれに限らず実に仕事が完璧でそつがないというイメージがあります。事前の調査・取材が細かく深くなされていて、それをもとに明朗でテンポのよい文章で物事がきちっと表現されています。読む側にとっては非常に読みやすく、わかりやすく、好感をもって迎えられるわけです。おそらく人間的にもきちんとした方ではないかなと拝察します。そういう作家が歴史小説を書けば、こんなに素晴らしいものが出来上がるわけです。また、題材として取り上げた人物が天璋院篤姫というのも興味深いところです。天璋院篤姫は薩摩藩主島津斉彬の養女で、第13代将軍徳川家定の正室だった人です。初めは斉彬の謀略の道具として徳川家に送りこまれます。持ち前の判断力と度胸で様々な難局を乗り越えつつ徐々に周囲の尊敬を集めていきますが、やがては幕末の動乱に巻き込まれ徳川家の最期を看取るというつらい立場に至ります。波乱の生涯を強く生きた女性で、幕末の混乱期において重要な役割を果たしたにも関らず、歴史上の人物としてそれほど取り上げられないことにおそらく宮尾登美子自身、強く不満に思ったから筆をとったのではないかと思います。揺らぐことのない強い信念にそって行動する女性という意味で、宮尾登美子と天璋院篤姫の両者のイメージがえしぇ蔵の中では重なります。歴史を動かして来たのは男だけではない、そこには常に苦しみに耐える女の姿があったことを決して忘れないで欲しいと強く訴えられた一冊でした。

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安部公房 「無関係な死」

想像してみて下さい。もしあなたが一人暮らしをしてるとして、仕事から帰って来たら部屋に死体があったなんて。しかも全くの見知らぬ他人の死体がですよ。どうしていいか混乱しますよね?もちろん警察に電話するでしょうけど、当然その死体との関係とか訊かれるでしょうし、帰って来たら死体があったなんて変てこな話を信じてもらえるかどうか不安ですよね?この作品はまさにそういう立場になった主人公が、さぁどうしよう、どうしよう、とあたふたしている間に時間が経過し、どんどんまずいことになっていくという話です。安部公房の作品でいつも思うことですが、本当にこの人ほど発想のユニークな作家はいませんね。摩訶不思議な世界を、有り得ないシチュエーションを、奇妙奇天烈なストーリーを考え出す才能はまさに天が授けたギフトでしょう。そして彼の作品によく見られるのは、現在のシチュエーションのみに焦点が絞られており、どうしてそうなったのかという過去の経過は全く無視されているということ。この作品でもそれは言えます。どうしてそういうシチュエーションになったかは全く究明されません。なぜそこに死体があるのか、誰が置いたのか?自殺なのか他殺なのか自然死なのか?この死体は誰なのか?死体と主人公の関係は何なのか?それらのことには一切触れることなく、ただ現在のシチュエーションのみ時間の経過とともに描かれていきます。原因よりも現象そのものに焦点を置く方法は読み手にとってはインパクトもあり、またわかりやすいです。そういう点も外国でうける理由の一つかもしれません。さぁ主人公はこの死体を一体どう処理するのでしょうか?

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谷崎潤一郎 「蓼喰う虫」

さぁ、大御所の妖しい世界へご招待。谷崎潤一郎の作品の中には耽美的、官能的なものが多いのは周知のとおりですが、それが人間の深層心理に絡んでいるので単なるエロ小説とは一線を画しています。そしてそこにお得意の美意識が盛り込まれて、芸術となっているわけです。谷崎潤一郎ファンがその作品に魅了される理由の一つとして、その描く官能の世界が多面的で深いということがあげられるのではないかと思います。この作品のストーリーは、ある夫婦が性的な不調和からお互い了解のもとに浮気をするというもので、そこには憎しみがあるわけではなく、うまくいかないお互いへの諦めがあります。そして労わりあう情があります。世間体もあるし、親戚一同への言い訳の面倒さもあるしで、二人は表面的には夫婦であることを続けますが、実際はそれぞれ好きなように行動し、いづれ来る別れの時を待ちます。いわゆる仮面の夫婦ですね。今では実際にそういう夫婦も多いので、小説のネタとして珍しくもなんともないし、また現代でこのネタで書いても実にありふれたエロ小説に落ちる危険性もあるので評価される作品に仕上げるのは難しいでしょうけど、この作品は発表された時代的にも衝撃的な内容ではあるし、そこに描かれる情景の美しさや会話の見事さに大御所ならではの力量が発揮されているので文学史上に名を残す名作となったのではないかと思います。妖しくも芸術的な谷崎ワールドを体感するには持ってこいの1冊です。同系列の「卍」や「痴人の愛」などもあわせて読むことをオススメします。

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小川未明 「赤いろうそくと人魚」

小川未明とくれば童話ですね。非常に多くの童話を残しています。まさに日本児童文学の父であり、日本のアンデルセンと呼ばれるにふさわしい人です。師匠は坪内逍遥なんですが、彼が大正15年に今後は童話しか書かないと宣言した理由は師匠に小説家としての才能の限界を指摘されたからという説があります。本人聞いた時はがっくりしたことでしょうが、彼が児童文学で大きな足跡を残したことを思えば師匠の指摘はいい結果を生んだというべきでしょうね。彼はまさにその生涯を童話に捧げます。ただ、その作品の特徴としては多くの子どもに読んでもらうために書いたにしてはちょっとシュールな部分もあり、幻想的な部分もあり、ストーリーよりも芸術性を追っている部分もあり、全体的に大人が読んだほうが楽しめるのではないだろうか?という印象を受けます。実際、えしぇ蔵が読んだ時には、童話というより文章の芸術だなと思いました。一般的な童話というのは子どもに夢を与えると同時に、どこか教訓めいたものが含まれており、子どもの教育に役立たせるための要素があるものですが、小川未明の童話は皮肉な結果に終わったり、ものごとをシュールにとらえる面があったりして、おそらく子どもには訳が分からないのではないかと思える作品もあります。そういう意味で是非大人の人に読んで欲しいと個人的には思います。この作品は人魚が人間の暮らしにあこがれて、あるろうそく売りの老夫婦のもとで暮らす話ですが、この老夫婦は金に目がくらんで、かわいがっていた人魚を売るんですよ。ね?シュールでしょ?さぁ売られた人魚はどうなるのでしょう?芸術的大人向け童話を是非お楽しみ下さい。

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寺田寅彦 「柿の種」

寺田寅彦は人間的に非常に面白い人です。本業は物理学者で、東京帝国大理科大学教授であり、様々な研究結果によって物理学史上に名を残し、その特異な研究は「寺田物理学」と呼ばれるまでになりました。研究の対象は地球物理学のようなスケールの大きなものから、身の周りのなにげない現象にまで多岐にわたっており、そういった面にも彼の人間性の一部を垣間見ることができます。そんな彼のバイタリティは物理学だけにはおさまらず、全く畑違いの文学にまでひろがっていきます。友人でもあり師匠でもある夏目漱石との出会いが彼の文学への目覚めのきっかけでした。そして随筆や俳句などにおいて優れた作品を残しました。随筆のネタの中には物理学のことも頻繁に登場し、文系と理系が仲良く同居した独特の作風は彼ならではのものであり、批評家の間ではその点が高く評価されているようです。この「柿の種」は、俳句雑誌「渋柿」に連載された短文を一冊にまとめたものです。どれもポイントだけにしぼった簡明でかつ内容の濃い短文で、読後に深い余韻を残すものばかりです。テーマにも文章にも心休まる優しさがあり、読者を憩わせてくれます。ちょっと一息つきたい時にぱらぱらっとめくって読むのに最適な作品です。そしてやはり文章の中に知性からくる品を感じます。聡明な印象を受けます。曖昧さがなくきちんとした構成はやはり一つの答えを導くために条件を揃えて証明していく理系的な発想からくるものなのでしょうか?どこか他の作家とは違う明確さのようなものがあります。物理学者の生み出した文学がどういうものか、是非皆さんにも味わって頂きたいです。

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鶴田知也 「コシャマイン記」

アメリカ大陸においては先住民であるインディアンとヨーロッパからの開拓民との間での争いは西部劇などで描かれて誰しもご存知の通りですが、そういう争いが日本でもあったことは意外と知られていません。北海道のアイヌ民族がそうです。先住民であるアイヌ民族は和人に対して何度か武力蜂起しています。強力なリーダーの出現により、反乱が試みられたわけですが、コシャマインもそういったリーダーの一人です。こういうふうに書くと、ではこの作品は権力に対抗して戦う男の姿を描いた熱き物語かなと思われそうですが、実はちょっと違います。この物語のはじめではコシャマインはまだ赤ちゃんです。母親と側近によって守られながら、数々の難を逃れていくうちに成長していきます。やがて立派な男となりさぁこれからという状況になったところで、読み手としては和人への組織的な反乱を予想しますが、実際はちょっと違う展開になります。意外な感じで予想を裏切られるのが実に新鮮です。そういう点が他にはないオリジナリティなのかもしれません。この作品は第3回芥川賞を受賞していますが、なるほどそうあっておかしくない非凡な佳作です。作者の鶴田知也は福岡出身なので一見北海道とは縁遠いように思えますが、一時期北海道に渡って働いた時期があります。労働組合運動に参加したり、日本社会党に入党したり、日本農民文学会や社会主義文学クラブなどの発足に貢献したりと、プロレタリア作家的な一面がありますが、この作品における構図も実は資本家と労働者の戦いに置き替えれるのではないかと思います。単なるアイヌの英雄の物語ではなく、その裏にもっとたくさんのメッセージが含まれているように思える名作です。

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