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蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

石坂洋次郎 「青い山脈」

原作はもちろん、映画も有名、歌も有名。戦後間もない頃の日本人の心をとらえた「青い山脈」は、石坂洋次郎の代表作です。いわゆる爽やかな青春もの、健全な物語を書かせたらこの人はまさに筆頭でしょう。1966年に第14回菊池寛賞を受賞した際の評価は、「健全な常識に立ち明快な作品を書きつづけた功績」ということですからその作品の傾向は自ずとわかって頂けるのではないかと思います。もともと同郷の葛西善蔵にあこがれて弟子入りしようとしますが、そのあまりの酒乱ぶりに幻滅を覚えます。葛西善蔵の小説は作家自ら堕落することにより、一番底辺に到達した人間の心理を描こうというものでした。師と仰ごうとした人に失望した彼はその対極をいく作品、つまり健全な文学というものを自らのテーマとします。そして「海を見に行く」をきっかけに成功への階段を登って行きます。戦後にこの「青い山脈」を朝日新聞に連載して好評を得、映画化も成功し、「百万人の作家」とまで呼ばれて”石坂洋次郎の時代”を築きます。この作品を読み進んでいくと、「あぁかつて日本人はこんなに爽やかな青春時代を過ごしていたのか」とちょっとうらやましくなります。まぶしいほどに純粋な世界です。日本がまだ貧しい時代を背景にしていますが、登場する人々の心は豊かで元気いっぱいです。実に微笑ましい場面の連続です。読み終えた後にはおいしくて身体によいものを食べた時のような後味の良さがあります。人の心が複雑化したり歪んだりしている現代においては特に読まれるべき作品ではないかなと思います。

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北条民雄 「いのちの初夜」

北条民雄。絶対にこの人は紹介すべき人です。文学史においてはほんの一瞬キラッと光っただけの、流れ星のような存在でしたが、その悲しい人生を反映した作品は珠玉の名作です。彼は大正3年に父親の勤務地だったソウルに生まれます。その後徳島で育ちますが昭和8年、結婚した翌年にハンセン病を発病してしまいます。離婚し家族とも離れて昭和9年に全生病院というハンセン病患者用の病院に入院します。なぜか彼にはこういう悲しい運命が用意されていました。ハンセン病患者の多くがそうであるように、彼も何度か自殺を試みています。そんな彼を支えた大きな力は文学でした。彼は全生病院に入ってから後、その体験をもとに作品を発表します。この「いのちの初夜」は、全生病院に入院した最初の日の出来事をもとに描かれています。いわゆる文学におけるリアリズムというものがこの作品ほど読む側に強く響くものは少ないのではないでしょうか?病院の入口で入るかどうか迷う場面から始まり、中の様子を見てすぐに自殺しようと外に出てしかし失敗する場面、同じハンセン病の仲間の状態など、リアリズムによって細かく描写された悲しい情景は、非常に重いものを読み手に投げかけてきます。ただその状況を見ただけの者にはここまでは書けないと思います。そこに描かれた人々と同じ立場であり、同じ目線を持った彼だからこそ成し得たものではないかと思います。リアリズムの傑作を残した彼でしたが、昭和12年に結核で亡くなります。わずか23年の生涯です。短くともその人生を作品によって輝かせたことは間違いありません。

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火野葦平 「糞尿譚」

兵隊三部作でその名を文学史上に残す火野葦平なので戦争文学の作家というイメージが濃いですが、彼が文壇にデビューするきっかけになった作品はこの「糞尿譚」で、これは戦争文学ではありません。彼は昭和12年に日中戦争に応召しますが、この作品はその前に書かれていました。それが第6回芥川賞を受賞したというのを戦地で知ります。戻ってきて受賞式というわけにもいかないので、小林秀雄がわざわざ現地まで行って授賞式を行ったそうです。この出来事は彼を一躍有名にし、陸軍においてもその文筆の腕を買われて報道部に転属になります。そこから軍部とのつながりが強くなり、戦後は戦犯作家というレッテルを貼られますがそれは避けられぬ状況からそうなったわけで、彼が個人的に好戦的であったとか軍に積極的に協力したというふうに簡単に判断するのは間違いだと思いますが、まぁそのへんの問題は今回はさておき、この「糞尿譚」では戦争は関係していません。トイレの汲み取りを商売とする主人公が、市の指定の業者として一生懸命に働いて、なんとか生活をよくしようと必死になる姿を描いています。ライバルの嫌がらせにあったりして、なかなかうまくいかないくやしさが伝わってきます。きっと独立して何かの商売をしたことがある人ならこの気持ちは本当によくわかると思います。夢を抱いて一生懸命走り回っても、次から次に問題が発生して足止めをくらい、なかなか夢への階段を登れない歯痒さ、苦しさ、辛さ、それらの積もり積もったものがついにラストシーンで爆発します。全体的にきちんとまとまって無駄のない優れた作品です。デビュー作からすでにその非凡さを証明しています。戦争文学ではない火野葦平も是非読んでみて下さい。

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中里恒子 「中納言秀家夫人の生涯」

中納言秀家とは誰のことかご存知でしょうか?歴史が好きな方なら五大老の一人と言えばすぐにわかりますね。備前宰相 宇喜多秀家のことです。この人の人生は非常にドラマチックでした。栄耀栄華の頂点にまで登りつめた後は、全てを奪われ失意のどん底にまで落とされます。人の一生においてこれほど浮き沈みの差が激しかった人も稀だと思います。もともとは備前岡山の一大名でしたが、織田信長の傘下に入ることにより運が開けます。信長の死後は豊臣秀吉の配下となり、当時まだ若かった彼は秀吉から秀の字を貰って猶子になるほど気に入られます。秀吉の天下統一の過程における主な合戦には全て参加し手柄をたて、朝鮮出兵の際には大将にまで任命されます。やがては徳川家康、前田利家、上杉景勝、毛利輝元と並ぶ五大老の一人に列せられ、まさに栄華のきわみを味わいます。ところが秀吉の死後に運命は暗転します。関ヶ原の合戦の際に故秀吉への忠義を重んじた彼は西軍に組します。西軍敗退後はしばらく逃亡しますが最終的には八丈島へと流されます。この話は全てを失ってどん底に落ちた状態から始まります。前半の輝かしい人生が全て省いてあるところに、むしろかつての栄華の名残が寂しく感じられます。それまで金も名誉も権力も、全てに恵まれていた人が食糧の調達にも苦労するような土地の荒れた八丈島に流されるわけです。生活における細かい苦労話を中里恒子が非常にリアルに描写しています。このへんはやはり女流作家の腕のみせどころでしょうか。秀家夫人というのはあの前田家の豪姫です。何も不自由のない生活をする豪姫と、窮乏を味わう秀家を対照的に描きつつ、二度と会えない夫婦のお互いへの叶わぬ想いを切々と描写して実に胸にせまるものがあります。女流作家が書く歴史小説は情感豊かなのがいいですね。読んだ後に深く心に残るものがあります。

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横光利一 「夜の靴」

大学で日本文学史を勉強した人とお互いの尊敬する作家について語り合ったことがありましたが、その際にえしぇ蔵が横光利一の名前をあげると驚くことにその人は知りませんでした。大学で勉強したのに知らないということがあるでしょうか?実はこれは有り得る話なのです。新刊本を売っている街の本屋さんに行って横光利一の本を探してみて下さい。おそらく簡単には見つけることができないでしょう。今の時代、その存在すら知らない人が多いのは事実です。その理由は戦争中における彼の国粋主義的な活動にあります。要するに軍部に味方するような言動や行動が多かったので、それを戦後に糾弾されたわけです。驚くことに出版社から出版拒否なんていうこともされたようです。このへんは日本人のご都合主義の犠牲になったような観がないわけではないのですが、そういった理由によって一時は文学史から抹殺されてしまいます。あのノーベル文学賞の川端康成ですら一目を置いていたほどの作家の存在を、この国は否定した時代があったのです。そういった経緯があって今では作品があまり手に入りにくい作家という位置づけになってしまいました。この現実にはえしぇ蔵は大いに疑問を持ちます。戦時中に軍部よりのものを書いて戦後も一線で活躍した人は大勢いますが、なぜ彼だけここまで?と思わずにはいられません。それに作品の質は作家の思想や姿勢によらず評価されるべきであり、ことに優れた彼の場合は日本文学史の誇りとすべきだと思います。徐々に再評価という動きはあるようですが、えしぇ蔵的には日本人なら知らない人はいないというほどの存在に返り咲いて欲しいと思っています。この作品は晩年の彼の日記ですが、その文章の美しさは圧倒的です。その実力の片鱗をうかがうには十分の作品です。おそらく古本屋でないと手に入らないと思いますが探してみて下さい。こんなすごい作家もいたんだということを是非知って下さい。

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池波正太郎 「剣客商売」

小難しい本や内容が重い本を読んだ後は、読みやすくて面白くて胸がすっとなる本を読みたくなりませんか?そういう時に一番のオススメは池波正太郎ですね。年齢、性別、時代を問わず多くの支持を集める池波正太郎の作品の魅力はいくつかあります。まずストーリーが明快でわかりやすいこと、無駄な描写が一切なく物語の展開が早いこと、登場人物のキャラクターが明確で人物像をつかみやすいこと、勧善懲悪でスッキリとした終わり方をすること、時代考証が細かいこと、文章が読みやすいことが上げられると思います(もう一つ上げるなら食事の場面がおいしそうなこと)。そんな池波作品の中でも個人的に特にオススメなのがこの作品です。舞台は第9代将軍徳川家治の頃の江戸で、誰にも負けない剣の腕とユーモラスな人間性を合わせ持つ秋山小兵衛という剣客が、悪党をバッサバッサと斬って様々な事件を解決していくという内容ですが、読後感はまさに爽快そのものです。面白くてやめられません。父親に負けない腕前の息子の大治郎や、40歳も年下の嫁のおはる、かっこいい女剣士の三冬、三冬の父親の田沼意次、御用聞きの弥七、その手下の徳次郎、手裏剣使いの秀などなど、小兵衛のまわりに魅力的なキャラクターがたくさん登場してストーリーを盛り上げます。作品の進行に伴い何年もの時間が経過しますが、その間に登場人物の内面的な成長も見ることができます。新潮文庫で全20巻ですが1冊は読本、1冊は料理本なので実質18巻です。そんなにたくさん読めないと思いますか?それなら1巻目だけ読んで下さい。それだけで池波ワールドに捕まってしまうのは間違いありません。18巻あっという間ですよ。

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徳富蘆花 「不如帰」

「ほととぎす」と読みます。そのまま「ふじょき」と読む場合もあります。徳富蘆花を一躍有名にした作品です。この作品の最大の特徴はドラマチックな展開に目を放せないストーリー性です。とにかく文句なしの面白さで読み手をぐいぐいとひきつけます。時代は明治です。美しく可憐なヒロインの浪子と誠実な夫の武男の悲しいラブストーリーです。浪子は武男が日清戦争に出征している間に結核を患い、離婚を強いられるなどの周囲の心無い仕打ちもあって、夫と離れて暮らさざるを得なくなります。お互いへの強い愛を持て余しながら、会うことができないもどかしさ。病気が治れば会えるとけなげに努力する浪子、病気であろうと一緒にいたいと願う武男、美しく強い愛情が交わされるわけです。愛し合う二人を周囲の人や環境が引き離すというパターンですね。いわゆる今時のトレンディードラマや韓国ドラマに負けない面白さです。浪子の病気は治るのか?二人は幸せになるのか?と心配でどんどん読みすすんでいきます。明治31年から32年に国民新聞に連載された作品ですが、大変な反響を呼んだそうです。浪子が言った、「あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう! 生きたいわ! 千年も万年も生きたいわ!」や、「もう二度と女になんかに生まれはしない」は、文学史上に残る名セリフです。物語は実話がベースになっています。陸軍元帥大山巌の娘、信子に関する話を、徳冨蘆花がある間借りしていた宿で一緒になった婦人に聞いたことがきっかけでした。このことは作品の初めに作者自身が書いています。日本文学史上に輝く不朽の名作をあなたも是非!

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北杜夫 「楡家の人びと」

北杜夫といえば「船乗りクプクプの冒険」や「どくとるマンボウ」シリーズなどが有名ですが、純文学も素晴らしいものを残しています。その中でも特に傑作なのがこの作品です。タイトルにあるようにだれか一人が主人公というのではなく、楡家の一族あるいはそれに関係する人々が各場面において主人公となります。楡家は三代続く医者の家で、初代が明治の頃に開院して成功し、大きな病院を建てて一族は繁栄します。それが大正、昭和と時代が変わっていくうちに関東大震災や、火災や、戦争などを経て徐々に没落していきます。その過程を主人公を変えながら描いているわけですが、それぞれのパートが独立して小説になるほど面白く、またテーマやタッチも変わるので全く退屈させません。初代の楡家の当主である基一郎や、事務長の勝俣が主人公のパートでは「吾輩は猫である」を彷彿とさせるようなユーモラスな内容となっており、娘婿で二代目の院長となる徹吉がメインの時には古代ギリシャに始まる精神医学の歴史を記述した学術的な内容になっています。美人の次女聖子の物語は駆け落ち後に結核になる悲劇で、徹吉の長女藍子の物語は戦争に翻弄される悲恋を描いています。また、徹吉の長男峻一の友人である城木の物語は空母瑞鶴に乗って体験する完全な戦記物です。魅力ある登場人物たちがそれぞれ時代に翻弄され、死んでいったり、落ちぶれていったり、必死に生きようとしたりする姿を見事に描いています。実はこの壮大な物語は実際に医師として三代続いた北杜夫の実家をモデルにしています。北杜夫自身も精神科医で医学博士ですが、歌人として有名な父斎藤茂吉も医師です。そして基一郎のモデルである祖父の斎藤紀一も医師です。楡家のようにして日本の家族は明治、大正、昭和と様々な苦難を通して血を受け継いで、今の日本があるんだろうなと思うと、日本人としてちょっと感慨深いものもあります。大変な傑作ですので是非読んでみて下さい。

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井上靖 「蒼き狼」

世界の歴史には地図を大きく塗り替える英雄(あるいは侵略者)が登場します。アレキサンダー大王しかり、ナポレオンしかり。その中で最も広い範囲を我が物としたのはチンギスカン(成吉思汗)です。彼が築いた帝国は子孫の代も膨張を続け、一時はヨーロッパの一部にまで到達します。まさにユーラシア大陸の大部分を占領した形になります。ここまでの偉業を成し遂げた要因はなんでしょう?騎馬民族なので馬の扱いに巧みであったこと、効率的な軍隊編成、独特の弓を使用していたことなどの戦術的なことや、占領した国の文化を尊重した政策などもあるでしょうが、一番の要因はやはりチンギスカン(成吉思汗)の人間そのものにあったのではないでしょうか?昔の話なのでその人間性を深く知ることは困難ですが、そこに井上靖はロマンを感じ、このスケールの大きな物語を書く意欲を持ったのではないでしょうか。大小の部族が互いに派を競っているだけだったモンゴルの民族を一つにまとめあげ、周辺の国を占領し、巨大な帝国を築き上げたのは一体どういう人なのか?誰しも思うところだと思います。作品は文章が独特な表現方法を使用しており、それが古の物語をうまく演出しています。ストーリーもテンポよく進行し読みやすいです。まさに頭の中で超大作の映画が上映されているような印象を受けます。いつしか自分も馬上の人となって、広大な大陸を風を受けながら駆け巡っているような気分になれます。井上靖ならではのスケールのでかい、そして構成の完璧な歴史小説です。たっぷりお楽しみ頂けると思います。

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谷崎潤一郎 「魔術師」

谷崎潤一郎が妖しい美の世界を追い求めていたというのは皆さんご存知の通りですが、かなり初期の頃から既にそうであったというのを証明するのがこの作品です。大正6年に書かれたもので、当時の世間としてはかなりの異色作です。作品全体が幻想的な夢の世界のような雰囲気に包まれています。ある男女が公園のある建物で行われる魔術師の興行を見に行きます。その魔術師による不思議な美の世界に魅せられて、男女ともに魔術師に心を奪われるという噂なので、果たして自分たちの愛が魔術師に負けないかどうかを試しにいくわけです。そして美しき魔術師による美しき技を目にします。誰でもなりたいものを言えば魔術師の技によって変身することができます。はじめに魔術師は自分の奴隷たちを孔雀や豹の皮や燭台に変身させます。そして次に観客に志願者を募ります。数十人の人が自ら希望するものへと変身しました。そして最期に志願したのは愛を試しに来た二人のうちの男性でした。彼は半羊神になることを希望します。恋人を奪われた女性は男性の行くところについていきたいという思いで、自分も半羊神になることを望みます……なんとも妖しい世界でしょ?展開される情景の表現が見事で、小説というよりも芸術というべき作品です。読んでいくうちにふと、江戸川乱歩の世界に似てるなと思ったんですが、調べてみると案の定、江戸川乱歩と横溝正史はかなり谷崎潤一郎に影響されていたそうです。どうりで二人の作品はただの推理小説ではなく、そこに美の要素が織り込まれているわけですね。多くの作家に影響を与えた谷崎潤一郎の美の世界を覗いてみませんか?

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