蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

池波正太郎 「仕掛人・藤枝梅安」

誰しも読み始めたらあまりの面白さに他のことが何も手につかなくなるという本に出会ったことがあると思います。えしぇ蔵もこれまでにそういう本に何度も出会ってきました。その中でも特に強くひきずりこまれたのがこの作品です。仕掛人というのはお金を貰って、世の中のためにならない人を殺すことを請け負う人のことです。かつてテレビで「必殺仕掛人」、「必殺仕事人」などのドラマシリーズがありましたが、その元ネタとなった作品です。主人公の藤枝梅安は表向きは大変腕がよく評判のいい鍼医者です。しかし裏の顔はその針を使って人を殺す仕掛人です。ある事件がきっかけとなって仕掛人としての道を歩み始めた梅安ですが、常に罪悪感に苛まれつつ、せめてもの罪ほろぼしとして鍼医者として多くの人の命を救っています。この物語の面白いこと!続きが気になって、仕事も睡眠もそっちのけで読んでしまいました。吹き矢を使う彦次郎と凄腕の剣客の小杉十五郎と組んで悪い奴らを次々に倒していきます。池波正太郎の文章はテンポが速くて読みやすく、すぐにストーリーの中に捉えられてしまいます。講談社文庫から全7巻で出ていますが、おそらく誰しも最初の1冊を読めばすぐに7冊集めることになると思います。ただ、惜しいかな執筆途中で作者が亡くなりますので絶筆となっています。これが非常に残念で仕方がありません。まだまだ書き続けて欲しかったです。この作品には読者を惹きつけるもう一つの理由があります。それは食事の場面です。食通で有名だった池波正太郎ですので食事の場面の描写に非常に力が入っています。皆さんもきっと読みながらお腹が空くと思います(「梅安料理ごよみ」という作品も出ています)。さぁ皆さんも梅安の世界にはまって、7冊一気読みして下さい。

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山本兼一 「利休にたずねよ」

山本謙一は歴史小説を多く残しており、「戦国秘録 白鷹伝」でデビューし、この「利休にたずねよ」で2008年に第百四十回直木三十五賞を受賞しています。この作品もそうですが、「火天の城」も映画化されたのでご存知の方は多いと思います。この人の歴史小説は他とはちょっと違った視点で描かれているのが特徴です。というのは、いわゆる戦国のつわものどもが国をとったりとられたりという荒々しいドラマを描くのではなく、文化人や職人などの目を通して同じ時代を表現しています。主人公たちが目指すのは敵の首や広い領地ではなく、自分の打込んだもの、究めたい道の先にあるものであり、自分の技を磨くことによって人生修行をしていく姿を描いています。主人公の歩む道はこの作品でいえば茶人ですが、「火天の城」で言えば宮大工であり、「いっしん虎徹」では刀鍛冶、「花鳥の夢」では絵師だったりと、どの作品も絶妙の着眼点で読者のツボを突いてきます。それだけに非常に興味深く読めて、かつ教訓にできる内容になっています。この作品では利休とその周囲の人それぞれの視点から利休や茶の湯のことがそれぞれ短編小説のように描かれており、しかもそれが利休の切腹の時点から徐々に時代を遡っていく形で並べられています。だから最後は若い利休の姿が描かれて終わるわけですが、そこで利休が一生抱き続けたもの、茶の湯に表現されながら誰も見抜けなかった真実が明らかになるという、非常に面白い構成で描かれています。これは画期的なアイディアだと思います。ある意味サスペンス的な要素も満載です。作中で描かれている茶の湯や器、茶菓や料理に関する細かい知識には驚くばかりです。完璧な仕事をする人だなと感じました。面白く読ませて、感動させて、勉強させてくれる素晴らしい作品です。

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有島武郎 「星座」

有島武郎も苦悩の人です。普通、貧乏に生まれた境遇を嘆くというのはよくある話ですが、彼の場合は裕福な家庭に生まれたことが一つの苦悩でした。それ以外にもキリスト教への疑問、奥さんとの死別、人妻との恋愛まど、様々な苦悩を経験し、その影響のせいか晩年は創作意欲が衰えていきます。こんなことではだめだと一念発起し、一つ大作を書いてやろうと取り組んだのがこの作品なんですが、残念なことに途中で終わっています。なぜなら彼はこの作品を完成する前に、当時中央公論者の記者だった波多野秋子と心中してしまうからです。でも未完とはいえ非常に楽しめます。残されている部分だけでも傑作であることはわかります。物語も面白く構成もしっかりしており、登場人物一人ひとりが交代で主人公になるというユニークな手法も取り入れられており飽きさせません。人物描写も見事で文章もきわめて美しいです。様々なキャラクターの若者たちのそれぞれの青春時代を描いていますが、それぞれ生き生きと描かれており若さに満ち溢れてキラキラと輝いている印象を受けます。つまりはみんな輝く星であり、それらが集まって星座を形作っているというのを表現したかったのではないでしょうか。一説では彼が札幌農学校の生徒だった頃の体験をもとにして書かれたと言われています。登場人物も当時の友人たちを彷彿とさせるそうです。この作品はもともと大正10年に発表された「白官舎」という作品を書き足したものです。構想としては四部作、あるいは五部作にまで及ぶ大長編小説になる予定で、ここで紹介する作品はその第1部にあたるものだったそうです。読んでみるとわかると思いますが、これから壮大なドラマが展開していくんだろうなという予感を感じさせます。それだけに第1部のみで終わったことは残念で仕方ありません。もしこれが完成していたら近代文学史においてかなり傑出したものになったことは間違いありません。続きは是非皆さんの想像の世界で描いてみて下さい。

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吉村昭 「海軍乙事件」

太平洋戦争に関する作品を書く人は多いですが、その背景となる場面はある程度偏りがあると思います。よく取り上げられるのは「真珠湾攻撃」、「ミッドウェー海戦」、「ガダルカナル」、「サイパン」、「インパール作戦」、「硫黄島」、「レイテ島」、「沖縄上陸」、「大和水上特攻」、「神風特別攻撃隊」、「東京大空襲」、「長崎・広島の原爆」などですね。これらはいわば誰もが知る場面であり、いわばメジャーなテーマと言えます。一方で吉村昭はこれらの出来事の裏で人知れず展開されたドラマを取り上げて作品化するのを得意としているようで、本当に絶妙なネタを持ち出してきます。この作品で取り上げられたテーマは題名そのままの「海軍乙事件」です。山本五十六連合艦隊司令長官がブーゲンビル島上空で乗機を撃墜されて戦死した事件が「海軍甲事件」ですが、その山本五十六の跡をついで連合艦隊司令長官になった古賀峯一が悪天候で乗機が墜落して死亡した事件が「海軍乙事件」です。この事件では古賀峯一ら一番機に搭乗していた者は全員死亡しますが、2番機はセブ島沖に不時着し、福留繁参謀長他数名が生存していました。しかし運の悪いことに敵のゲリラに救助され捕虜となります。それと同時に機密文書や暗号書が入った鞄を奪われてしまいます。その後、日本軍のセブ島守備隊によって救助されますが、鞄は戻りませんでした。ゲリラは鞄には興味を示していなかったので情報は洩れていないだろうという結論に落ち着いたのですが、もし鞄がゲリラからアメリカ軍に渡っていたらその後の日本軍の作戦がばれてしまうことになります。果たして実際はどうたったのでしょうか?戦後になってその答えがはっきりしました……。非常に興味深い事件で、面白すぎて一気に読んでしまいました。こんなスリリングなこともあったんだと感慨深いものがありました。大きな戦いの舞台裏で展開された重大事件を皆さんにも是非知って欲しいです。

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新田次郎 「槍ヶ岳開山」

登山というのは誰でもすぐに始められる身近なスポーツであり、レジャーですね。近くの里山にピクニック気分で登るもよし、日本アルプスのような高峰に挑むもよし、日の出を見るために富士山に登るもよし、フル装備で雪山に挑むもよし、自分の体力と相談していくらでも楽しむ範囲を広げることができます。日本では主な山は全て登頂されており、登山者が多い山は登山道も整備され、よほど無謀な挑戦をしない限りは安全に登頂できます。そうやって現代の私たちが登山を楽しめるのは、誰も登ったことのない山に誰かが最初に挑戦し、その経験を生かして後に続く人が出て、そのノウハウによって徐々にルートが確立され、そして多くの人によって次世代のための登山道が作られていったからです。だから感謝するために辿っていくとすれば、やはり初登頂した人に行きつくことになります。北アルプスにある槍ヶ岳の場合は、幡隆という僧侶が中田又重郎とともにそれを成し遂げました。この物語はその快挙を描いています。もちろん小説ですのでよりドラマティックにするために創作部分がかなり盛り込まれてはいますが、幡隆上人による開山というのは事実で本人が書いた記録も残っています(もし幡隆上人の真の姿に触れたいという方は穂苅三寿雄(ほかり みすお)の研究本を読まれるといいと思います)。前人未到の槍ヶ岳に挑む幡隆の胸の内には、過去にあやまって殺害してしまった妻に対する贖罪の思いがありました。そして苦心の末槍ヶ岳の頂上に立った時、霧の中に浮かぶ妻の姿を見ます……。過酷な環境で幻想的な世界が広がるシーンは感動的です。新田次郎お得意の山岳小説ですから臨場感は抜群で、一緒に登っている気分を味わえます。これを読めば皆さんもきっとどこかの山に登りたくなるのではないでしょうか。その時には是非、その山を開山した人への感謝の思いを抱いて、一歩一歩登って行かれるといいのではないでしょうか?

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大江健三郎 「飼育」

昭和33年第39回芥川賞受賞作です。大江健三郎はご存知のようにノーベル文学賞受賞者です。この人が受賞したことにおそらく誰も異議はとなえないのではないでしょうか?とにかく恐ろしいほどの実力の持ち主です。えしぇ蔵は個人的には日本文学史において、三島由紀夫と大江健三郎の二人はちょっと群を抜いているのではないかと思っています。余談ですが、川端康成がノーベル文学賞を受賞した際、お祝いに駆け付けた三島由紀夫に対して記者が「次は三島さんですね」と言ったのに対し「次は大江君だよ」と答えた話は有名です。当時大江健三郎はまだ33歳です。いかに早くから類稀な才能を開花させていたかがわかりますね(またその才能の将来を見抜く三島由紀夫の慧眼にも驚きます)。そんなすごい人は最初からすごい作品を書いているわけで、この作品の芥川賞受賞は23歳の時です。人間誰しもいい作品を書こうと思えば小手先だけの文学的技術では足りません。紆余曲折を経て様々な経験をし、またたくさんの人と出会って様々な人生を見て、自分の内面を鍛えた上でないと書けないものです。従ってどうしてもいいものが書けるようになる時には年齢的に若年を卒業している場合が多いものなので、どうして23歳でこれほどのものが書けるのか、えしぇ蔵には不思議でしょうがないです。ストーリーは戦争中のエピソードです。ある田舎に米軍の飛行機が墜落し、黒人兵が村人に捕まります。本来は捕虜であるわけですが徐々に主人公の少年や村人と黒人兵の間に心の交流が芽生えていきます。それがある日……あとは読んで下さい。衝撃のラストが用意されています。大江健三郎の文章は自信に満ち溢れています。非常に水準の高いところに達しており、そのために「すごいのはわかるけど、読みにくい」と言う意見もありますが、それは有名な抽象絵画をどう見るかというのと同じでじっくり取り組んでみれば徐々にそのすごさが伝わってくるものです。だから腰をすえてゆっくり日本を代表する人の文学を楽しんでみて下さい。

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宮城谷昌光 「三国志」

えしぇ蔵は歴史小説も好きで今までかなりの量を読みました。同じ題材を異なる作家で読み比べたりもしました。あまりにたくさん読むとふとこんなことを考えてしまいます。「本当のところはどうなのか?」と。どの作家も遠い昔のことをあたかも見てきたかのように書きます。例えば作家の中で誰一人戦国時代の日本を見たことはありませんが、その時代をテーマにした作品は星の数ほどあります。そもそも読者を楽しませるエンターテイメントですから、ある程度調べた上で想像を盛り込んで作品にして何も問題はないわけですが、えしぇ蔵としてはそろそろ「本当のところ」が知りたいと思うようになってきたわけです。「三国志」も今までたくさんの作家がそれぞれの解釈と想像で作品にしてきましたが、それらはいずれも完全なエンターテイメントでした。ところがそうはわかっていても読者はそれらを通して、関羽は強かったんだなとか、曹操は悪いやつだったんだなとか、孔明は無敵だったんだなとか解釈してしまうわけです。誰か三国志の「本当のところ」を書いてくれないかなと思っていた矢先、この宮城谷三国志に行きあたりました。これこそまさに本当の三国志です。あらゆる文献を調べた上で、当時の状況から冷静に推測して、可能なかぎり史実に基づいて書かれた三国志です。大げさな脚色もなく、人物の過大評価も過小評価もありません。三国志にはたくさんの有名なエピソードがありますが、どれが事実でどれが創作であるかも書かれています。冷静に分析して書かれた分、娯楽性には欠けますが一度はこれを読んで本当の三国志を知って欲しいと思います。登場人物に憧れるならこれを読んでからにした方がいいと思います(えしぇ蔵の三国志観も大いに変わりました。今では孔明よりも曹操、曹叡、司馬懿を尊敬しています)。全12巻でちょっと長いですが、誰も書かなかったリアルな三国志を知ることができますので、是非読んでみて下さい。

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永井路子 「山霧」

男性と女性で物事の捉え方が大きく異なる場合があるのは非常に興味深いことだと思います。例えばこういう話を聞いたことがあります。庭に畑を作った時に、花を植えようとするのが男性で、野菜を植えようとするのが女性だそうです。つまり女性は男性のように夢ばかりを追いかけるのではなく、今を堅実に生きようとします。それはつまり家族を守ろうとする本能からくる自然な現象ではないかと思います。では女性が歴史を振り返った場合にはどういう見方をするのでしょうか?男性の場合とどう異なってくるのでしょうか?それが一番よくわかるのが、永井路子による”女性の目から見た歴史”を描いた小説です。同じ出来事でもこうまで違って見えるものかと非常に面白く読めます。永井路子は非常に細かく調べ上げて、そこに自分なりの解釈を加えて隙のない文章で物語に仕上げます。しっかりとした調査がベースになっているので創作といえど軽くなく、説得力もあります。いわば一つの彼女なりの仮説を物語にしているといったほうがいいかもしれません。この作品は戦国時代の中国地方に覇をとなえた毛利家を中心に話が進んでいきます。ということは毛利元就の話かなと思いますよね?確かに毛利元就は一番多く登場します。ですが、それなら他の歴史ものと変わらないわけです。永井路子が描くわけですから視点は女性からのものです。この作品の主人公は毛利元就の妻のおかたです。中国地方を統一した男を支えた女性の生涯とはどういうものであったか?それを調べて書かれたのがこの作品です。是非この点に注意して読んで頂きたいのです。なぜなら、おかたが死んだ時点でこの物語は終わってしまうからです。元就が陶晴賢を倒し、尼子を倒して中国に覇を唱えるのは妻の死後です。元就を主人公だと思って読んでいくと、「えー!これから面白くなるのにー!」というところで終わってしまいますから、くれぐれもご注意下さい。永井路子が書く歴史ものは一味も二味も違いますから読んでみる価値は大いにありますよ。

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芝木好子 「光琳の櫛」

えしぇ蔵は文章がしっとりと優しい感じのものが多い女流文学には目がないので結構集めています。中でも冊数の多いのが宮尾登美子と芝木好子です。個人的にはこの二人の作品ならハズレなしと思っています。女流作家の場合、日本の伝統芸を背景に人間ドラマが展開されるというものがよく見受けられますがこの作品もそうです。ここでとり上げられているのは「櫛」です。古い櫛をたくさん集めているある料亭の女将さんが主人公です。かつて日本の女性がその装飾の一つとして愛用していた櫛には、その持ち主の女性の悲喜こもごもの思いがこめられていると主人公は考えています。そうなると愛おしい櫛もあれば、捨ててしまいたいくらいに気持ち悪い櫛もあったりするわけです。主人公は人間と対しているように櫛へのさまざまな感情を露にしています。そしてある日、究極の一品に出会います。それが尾形光琳作の櫛「鷺文様蒔絵櫛(さぎもんようまきえぐし」です。彼女はなんとしてもその櫛を手に入れたいという情熱を燃やし、そこに恋愛もからんで話は盛り上がっていきます。作品としては構成も完璧ですし、文章は美しいし、ドラマ性もあります。いつもながらそつのない仕事をする人です。後で知った話ですが、この物語に登場する尾形光琳作の櫛「鷺文様蒔絵櫛(さぎもんようまきえぐし」は実在するそうです。東京青梅市の「櫛かんざし美術館」でお目にかかれるとか(主人公のモデルとなった人も実在するそうで、その人も約3000点も集めたそうです)。あなたもこの作品を読んだら絶対に本物を見に行きたくなると思いますよ。

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谷崎潤一郎 「少将滋幹の母」

日本の作家の中で最高峰に位置する谷崎潤一郎のどんな点が優れているのか?という質問を受けたとすれば、とにかくこの一冊「少将滋幹の母」を読んで下さい。読めばわかります。というのが最も的確な回答かと思います。この作品のように美しさと妖しさと知性と気品を感じるものを気負うことなく平然と書けるこの大作家の力量を目の当たりにすると、あぁやはり遠い人だ、違う世界にいる人だと思わずにはいられません。この作品は昭和24年の11月から昭和25年の2月まで「毎日新聞」に連載されました。言うまでもなく非常に絶賛され、これまでに何度も舞台化、映像化されました。物語の舞台は古典を題材にした平安時代です。「今昔物語」、「平中物語」、「後撰集」、「十訓抄」などをベースにし、そこに自分の創造である架空の物語「滋幹日記」を絡めて雅な世界を描きあげています。少将滋幹の母というのは高齢の大納言藤原国経の若妻である北の方のことで、祖父と孫ほども歳が離れています。それを横から奪おうとするのが当時菅原道真を太宰府に追い出して時代の主役となった左大臣藤原時平です。一方で国経の目を盗んで時々北の方に手を出していたのがあの好色で有名な平中です。北の方は三人の男の愛情の中で翻弄される立場にいます。少将滋幹というのは北の方と藤原国経の間にできた子どもで、母親が左大臣藤原時平に奪われたので幼い頃から母親と自由に会うことができませんでした。母を恋う想いを抱いたまま成人した少将滋幹がついに母と再会するという場面で物語は終わります。この作品は谷崎潤一郎自身の母への想いを描いていると言われています。甘くもあり、せつなくもあり、滑稽でもあり、悲しくもある、まさに不朽の名作です。日本の美を文字で表現したというふうにも言えると思います。是非是非、読んでみて下さい。

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