蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

宮城谷昌光 「三国志」

えしぇ蔵は歴史小説も好きで今までかなりの量を読みました。同じ題材を異なる作家で読み比べたりもしました。あまりにたくさん読むとふとこんなことを考えてしまいます。「本当のところはどうなのか?」と。どの作家も遠い昔のことをあたかも見てきたかのように書きます。例えば作家の中で誰一人戦国時代の日本を見たことはありませんが、その時代をテーマにした作品は星の数ほどあります。そもそも読者を楽しませるエンターテイメントですから、ある程度調べた上で想像を盛り込んで作品にして何も問題はないわけですが、えしぇ蔵としてはそろそろ「本当のところ」が知りたいと思うようになってきたわけです。「三国志」も今までたくさんの作家がそれぞれの解釈と想像で作品にしてきましたが、それらはいずれも完全なエンターテイメントでした。ところがそうはわかっていても読者はそれらを通して、関羽は強かったんだなとか、曹操は悪いやつだったんだなとか、孔明は無敵だったんだなとか解釈してしまうわけです。誰か三国志の「本当のところ」を書いてくれないかなと思っていた矢先、この宮城谷三国志に行きあたりました。これこそまさに本当の三国志です。あらゆる文献を調べた上で、当時の状況から冷静に推測して、可能なかぎり史実に基づいて書かれた三国志です。大げさな脚色もなく、人物の過大評価も過小評価もありません。三国志にはたくさんの有名なエピソードがありますが、どれが事実でどれが創作であるかも書かれています。冷静に分析して書かれた分、娯楽性には欠けますが一度はこれを読んで本当の三国志を知って欲しいと思います。登場人物に憧れるならこれを読んでからにした方がいいと思います(えしぇ蔵の三国志観も大いに変わりました。今では孔明よりも曹操、曹叡、司馬懿を尊敬しています)。全12巻でちょっと長いですが、誰も書かなかったリアルな三国志を知ることができますので、是非読んでみて下さい。

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永井路子 「山霧」

男性と女性で物事の捉え方が大きく異なる場合があるのは非常に興味深いことだと思います。例えばこういう話を聞いたことがあります。庭に畑を作った時に、花を植えようとするのが男性で、野菜を植えようとするのが女性だそうです。つまり女性は男性のように夢ばかりを追いかけるのではなく、今を堅実に生きようとします。それはつまり家族を守ろうとする本能からくる自然な現象ではないかと思います。では女性が歴史を振り返った場合にはどういう見方をするのでしょうか?男性の場合とどう異なってくるのでしょうか?それが一番よくわかるのが、永井路子による”女性の目から見た歴史”を描いた小説です。同じ出来事でもこうまで違って見えるものかと非常に面白く読めます。永井路子は非常に細かく調べ上げて、そこに自分なりの解釈を加えて隙のない文章で物語に仕上げます。しっかりとした調査がベースになっているので創作といえど軽くなく、説得力もあります。いわば一つの彼女なりの仮説を物語にしているといったほうがいいかもしれません。この作品は戦国時代の中国地方に覇をとなえた毛利家を中心に話が進んでいきます。ということは毛利元就の話かなと思いますよね?確かに毛利元就は一番多く登場します。ですが、それなら他の歴史ものと変わらないわけです。永井路子が描くわけですから視点は女性からのものです。この作品の主人公は毛利元就の妻のおかたです。中国地方を統一した男を支えた女性の生涯とはどういうものであったか?それを調べて書かれたのがこの作品です。是非この点に注意して読んで頂きたいのです。なぜなら、おかたが死んだ時点でこの物語は終わってしまうからです。元就が陶晴賢を倒し、尼子を倒して中国に覇を唱えるのは妻の死後です。元就を主人公だと思って読んでいくと、「えー!これから面白くなるのにー!」というところで終わってしまいますから、くれぐれもご注意下さい。永井路子が書く歴史ものは一味も二味も違いますから読んでみる価値は大いにありますよ。

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芝木好子 「光琳の櫛」

えしぇ蔵は文章がしっとりと優しい感じのものが多い女流文学には目がないので結構集めています。中でも冊数の多いのが宮尾登美子と芝木好子です。個人的にはこの二人の作品ならハズレなしと思っています。女流作家の場合、日本の伝統芸を背景に人間ドラマが展開されるというものがよく見受けられますがこの作品もそうです。ここでとり上げられているのは「櫛」です。古い櫛をたくさん集めているある料亭の女将さんが主人公です。かつて日本の女性がその装飾の一つとして愛用していた櫛には、その持ち主の女性の悲喜こもごもの思いがこめられていると主人公は考えています。そうなると愛おしい櫛もあれば、捨ててしまいたいくらいに気持ち悪い櫛もあったりするわけです。主人公は人間と対しているように櫛へのさまざまな感情を露にしています。そしてある日、究極の一品に出会います。それが尾形光琳作の櫛「鷺文様蒔絵櫛(さぎもんようまきえぐし」です。彼女はなんとしてもその櫛を手に入れたいという情熱を燃やし、そこに恋愛もからんで話は盛り上がっていきます。作品としては構成も完璧ですし、文章は美しいし、ドラマ性もあります。いつもながらそつのない仕事をする人です。後で知った話ですが、この物語に登場する尾形光琳作の櫛「鷺文様蒔絵櫛(さぎもんようまきえぐし」は実在するそうです。東京青梅市の「櫛かんざし美術館」でお目にかかれるとか(主人公のモデルとなった人も実在するそうで、その人も約3000点も集めたそうです)。あなたもこの作品を読んだら絶対に本物を見に行きたくなると思いますよ。

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谷崎潤一郎 「少将滋幹の母」

日本の作家の中で最高峰に位置する谷崎潤一郎のどんな点が優れているのか?という質問を受けたとすれば、とにかくこの一冊「少将滋幹の母」を読んで下さい。読めばわかります。というのが最も的確な回答かと思います。この作品のように美しさと妖しさと知性と気品を感じるものを気負うことなく平然と書けるこの大作家の力量を目の当たりにすると、あぁやはり遠い人だ、違う世界にいる人だと思わずにはいられません。この作品は昭和24年の11月から昭和25年の2月まで「毎日新聞」に連載されました。言うまでもなく非常に絶賛され、これまでに何度も舞台化、映像化されました。物語の舞台は古典を題材にした平安時代です。「今昔物語」、「平中物語」、「後撰集」、「十訓抄」などをベースにし、そこに自分の創造である架空の物語「滋幹日記」を絡めて雅な世界を描きあげています。少将滋幹の母というのは高齢の大納言藤原国経の若妻である北の方のことで、祖父と孫ほども歳が離れています。それを横から奪おうとするのが当時菅原道真を太宰府に追い出して時代の主役となった左大臣藤原時平です。一方で国経の目を盗んで時々北の方に手を出していたのがあの好色で有名な平中です。北の方は三人の男の愛情の中で翻弄される立場にいます。少将滋幹というのは北の方と藤原国経の間にできた子どもで、母親が左大臣藤原時平に奪われたので幼い頃から母親と自由に会うことができませんでした。母を恋う想いを抱いたまま成人した少将滋幹がついに母と再会するという場面で物語は終わります。この作品は谷崎潤一郎自身の母への想いを描いていると言われています。甘くもあり、せつなくもあり、滑稽でもあり、悲しくもある、まさに不朽の名作です。日本の美を文字で表現したというふうにも言えると思います。是非是非、読んでみて下さい。

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吉村昭 「ポーツマスの旗」

日露戦争が終わった後、ロシアとの間でポーツマス条約が結ばれたことを学校で習いましたよね?あの時の全権大使は日本が小村寿太郎でロシアがセルゲイ・ウィッテでした。この物語では小村寿太郎がポーツマス条約を締結し日露戦争の終結に成功するまでの苦難の道のりとその後の国内外の様子を描いています。日露戦争というのは日本が勝ったということにはなっていますが、実際は軍事費にしろ兵力にしろギリギリの状態で、もしポーツマス条約が結ばれなかった場合は、海軍は日本海海戦で壊滅したとはいえ陸軍にはまだまだ膨大な兵力を残していたロシア側の猛反撃で日本は大変な状況になっていたはずです。ところがその現実を知っていたのは軍や政府の首脳陣だけで、一般の日本国民は戦勝に次ぐ戦勝にうかれて、講和不成立なら戦争続行という意見が大勢を占めていました。小村寿太郎は上からは戦争を何としても終わらせるようにと言われ、下からは賠償金も含めて日本に有利な形で条約締結することを期待されます。ロシア側のウィッテも皇帝からの指示で強硬な姿勢を崩さないので話合いはなかなか進みません。お互いギリギリの譲歩を続けてようやく条約締結にこぎつけますが、日本は樺太の半分を得たのが限界で賠償金は得られませんでした。戦争は終わりましたが日本国内では現実を知らない国民による暴動が起きます。名誉どころか自分や家族の命まで危険にさらしても日本に平和をもたらそうと奮戦する小村寿太郎の姿には深い尊敬を覚えて頭の下がる思いです。こういう鉄の意志の人がもし今の日本にいたらと思わずにはいられません。吉村昭は小村寿太郎の業績だけではなく、私生活における顔も徹底的に調べ上げて書いていますので、その人間像が非常に細かく把握でき、感情移入してしまいます。調べる力というものを強く感じました。こんなすごい人の命がけの努力があったから今の日本があるということを皆さんにも是非知って欲しいです。

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石川達三 「傷だらけの山河」

石川達三という作家は結構作品数はあるのですが、なぜか今時の人はあまり知りません。それもそのはず、絶版が多くて書店に行ってもせいぜい「蒼氓(そうぼう)」か「青春の蹉跌」くらいしか手に入らないからです。これはちょっと悲しいことだと思います。彼の作品というのは社会問題をとりあげるのが特徴で、非常にメッセージ性の強いものです。多くの人に読まれることによって社会になんらかの影響を及ぼす力を持っています。こういった作品は後世にも残して、人はどういう社会問題を経て歴史を刻んできたのかということを教えるべきですし、よりよい社会を築いていくための参考にもすべきだと思います。それなのに絶版ばかりとは。憤懣やるかたないというところです。この作品では発展を続ける日本の社会と、その裏側における悲劇を描いています。巨大な企業のトップにある人間がどういう手法で勢力を拡大していくのか、非常にリアルに書かれてあるのが興味深いです。恐らく誰か特定の人をモデルにしてると思います(思いあたるふしはありますけど)。主人公は大きな成功を収めていく影で多くの人を傷つけていきます。でも本人はそれを大事の前の小事と片付けて、常に前進を続けます。そんな冷たい人間が日本の社会を動かしているのが現実なのかもしれません。作品の性質的に松本清張によく似ていますが、思えば目指すところが似ているわけですし当然そうあって然るべきかもしれません。新刊本の本屋にはあまり並んでいない石川達三ですが、古本屋では結構見つかりますので是非探してみて下さい。

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森田草平 「煤煙」

森田草平は若い頃いろいろと問題を起こしており、学校を退学させられたりもしています。その原因というのが女性問題なんですが、これはいわば彼の一番の弱点でして、しばしばそれで失敗します。素行に問題のある人として周囲の眉をしかめさせていたようですが、そんな彼の支えは文学でした。そして夏目漱石に弟子入りしますが、さすがの漱石も彼にはだいぶ頭を悩ませたようです(漱石の紹介で得た中学の英語教師の仕事もわずか半年で首になっています)。そうは言っても漱石門下では一番可愛がられたという話もありますので、出来の悪い子ほどかわいいということなんでしょうか。この作品を読めば、素行の悪い彼の一面を見ることができます。これは小説ではありますが、いわば体験記です。実話をもとにしていますがおそらくほぼそのまま実話でしょう。妻子ある身なのに、そして他にも手をつけた女性がいるというのに、さらに別にある女性と知り合って、その女性と激しい恋に(森田草平だけのぼせていたのかもしれませんが)落ちまして、ついには心中を決意して旅に出て、塩原という所で刺し違えようとしますが、結局未遂に終わるという内容です。当時は「塩原事件」として一大スキャンダルでした。その相手の女性というのがあの女性解放運動家として名高い平塚らいてうです。まだ当時は日本女子大を卒業したばかりの頃で、文学を学ぶ会に出席した際に講師として来た森田草平と知り合いました。この事件後、森田草平はしばらく漱石にかくまわれます。そして自分にはこの事件のことを書くしか生きる道がないと思い、漱石の紹介で朝日新聞に連載しました。スキャンダルの一部始終を小説として新聞に連載したわけですからそれは世間は注目します。そういう経緯があってこの作品は文学史に残るものとなり、森田草平は作家の仲間入りをします。ちょっと俗な見方ですが二人が徐々に盛り上がっていく過程が興味深く読めます。今ではスキャンダルを逆に肥やしにする有名人は多いですが、思えば森田草平はそのはしりといってもいいかもしれませんね。

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横溝正史 「八つ墓村」

古今東西、様々な推理作家が登場して数々の名作を残していますが、それらのどんな要素が読者を惹きつけているか?となるといくつかのパターンに分類されます。トリックが優れているから、プロットが完璧だから、ストーリーが面白いから、恐怖感、スピード感、爽快感があるから、謎解きが明快だから、文章が美しく文学的だから……などがあげられます。では横溝正史の作品の場合はどうでしょう?確かにトリックも素晴らしいですし、展開も劇的で面白いです。そういった要素で多くの支持を得ているということも事実でしょう。でもえしぇ蔵はそれらは副次的な要素に過ぎないと思っています。では何が一番の魅力かというと、あの雰囲気です。横溝正史が造り上げたあの世界です。凄惨な殺人、村に伝わる伝説、ユーモラスな金田一耕介、良心的な脇役、予想外の展開、戦後から昭和40年代までの古き日本の情景、山奥の村、絶海の孤島、洞窟、鍾乳洞、神社、日本家屋、家柄血筋、悲しみを残すクライマックス、そして”罪を憎んで人を憎まず”……これらによって作り上げられるあの”横溝正史ワールド”にまた浸りたいから、読者は次々に作品を手にするのだと思います。これこそ横溝正史の成功の最大の要因ではないかと個人的には思っています。その最たる例がこの作品です。これこそ”横溝正史ワールド”を絶対的なものにした立役者ではないかと思います。戦国時代の悲惨な伝説を持つ村で大正時代に虐殺事件が起きます。その20数年後に起こる連続殺人事件に金田一耕介が挑みます。完璧な構成でエンターテイメント小説としては傑作と言えると思います。まだ読んでいない方は是非この雰囲気に浸って下さい。そして”横溝正史ワールド”にはまって下さい。

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夏目漱石 「彼岸過迄」

夏目漱石は44歳の頃に胃潰瘍の療養のために修善寺の旅館に滞在しますが、そこで大量に血を吐いて危篤状態になります。医者が子どもを呼ぶように言ったというほどですからかなりひどい状態だったようです。しかし奇跡的に回復して自宅に戻ることができました。このことを一般に「修善寺の大患」と言います。まさに死の淵を歩いたこの経験を経て以来、夏目漱石の作風はあきらかに変わります。回復後に書いた作品でいわゆる後期三部作と言われるのが今回ご紹介する「彼岸過迄」と、「行人」と「こころ」です。この三つの作品にはどれも神経質で深く物事を考えすぎる人物が登場します。「彼岸過迄」においては”須永”であり、「行人」では”一郎”、「こころ」では”先生”がそれにあたります。鬱気味の人物の描写にはその頃の夏目漱石そのままの姿が垣間見えるようです。この「彼岸過迄」という作品では短編小説を繋げて長編小説にするという形式を試みており、「風呂の後」、「停車場」、「報告」、「雨の降る日」、「須永の話」、「松本の話」という章に区切られています。その中の「須永の話」において、特に夏目漱石の心理状態が反映されているように感じます。この頃は弟子が離れていったり、五女のひな子が幼くして死んだり(この時の様子は「雨の降る日」に描かれています)と、心労が重なっていたので、胃潰瘍の痛みとも相まってさぞかし苦しみながら書いたことだろうと思います。またそういう状況だからこそ、人の心の奥深くにあるものを表現できたとも言えるかもしれません。名作が生まれる背景にはよくあることですが、作者の実生活における苦しみというのは、何かを深く掘り下げて表現しようとする際には必要な要因の一つなのかもしれません。

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宮城谷昌光 「孟嘗君」

中国の戦国時代に「戦国四君」と呼ばれた人たちがいました。斉の孟嘗君、趙の平原君、魏の信陵君、楚の春申君の4人です。いずれも優れた政治家で、その所属した国に大いに貢献しました。孟嘗君は斉の人ですが、その才を買われて秦や魏にいたこともあります。この辺が面白いところです。日本の戦国時代もそうですが、敵の国に優れた人物がいるとヘッドハンティングして自分の国に呼ぶことはよく行われました。よく「二君にまみえず」と言って主を替えることは礼節を知らない人間がすることという認識が日本でも中国でもありました。ところが孟嘗君の場合は身の危険を感じてやむを得ず他の国へ移るということの繰り返しでした。あまりに優秀すぎること、真面目すぎることが禍していたのかもしれません。それでいくつかの国の間を移動しますがそれぞれにおいてその能力を発揮し、大いに活躍しました。孟嘗君のエピソードに必ず出てくる「食客3000人」という言葉があります。なんでもいいので一つでも人に優れた能力を持っている人を食客として迎えいれたそうで、その数が3000人はいたということです。その食客たちの能力をいろんな場面でうまく活用したことも孟嘗君の名前を高めた一つの要因です。戦場で敵をなぎ倒す勇猛果敢な武将ではなく、国のために巧みな政治手腕を発揮した宰相ですが、こういうタイプの人物は派手さがないのでなかなか歴史小説にするのは難しいところだと思うのですが、それが宮城谷昌光にかかれば見事な一大歴史ロマンになるわけです。心躍る壮大な物語に仕上がっています。孟嘗君の周囲の人々の活躍も見逃せません。史実の隙間に創作を流し込むのが歴史小説ですが、宮城谷昌光はそれを実に自然にやってのけます。荒唐無稽にもならず、また固くもならず。その辺の手腕は本当に優れていると思います。この作品を通じて是非それを感じて頂きたいです。

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