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蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

安部公房 「無関係な死」

想像してみて下さい。もしあなたが一人暮らしをしてるとして、仕事から帰って来たら部屋に死体があったなんて。しかも全くの見知らぬ他人の死体がですよ。どうしていいか混乱しますよね?もちろん警察に電話するでしょうけど、当然その死体との関係とか訊かれるでしょうし、帰って来たら死体があったなんて変てこな話を信じてもらえるかどうか不安ですよね?この作品はまさにそういう立場になった主人公が、さぁどうしよう、どうしよう、とあたふたしている間に時間が経過し、どんどんまずいことになっていくという話です。安部公房の作品でいつも思うことですが、本当にこの人ほど発想のユニークな作家はいませんね。摩訶不思議な世界を、有り得ないシチュエーションを、奇妙奇天烈なストーリーを考え出す才能はまさに天が授けたギフトでしょう。そして彼の作品によく見られるのは、現在のシチュエーションのみに焦点が絞られており、どうしてそうなったのかという過去の経過は全く無視されているということ。この作品でもそれは言えます。どうしてそういうシチュエーションになったかは全く究明されません。なぜそこに死体があるのか、誰が置いたのか?自殺なのか他殺なのか自然死なのか?この死体は誰なのか?死体と主人公の関係は何なのか?それらのことには一切触れることなく、ただ現在のシチュエーションのみ時間の経過とともに描かれていきます。原因よりも現象そのものに焦点を置く方法は読み手にとってはインパクトもあり、またわかりやすいです。そういう点も外国でうける理由の一つかもしれません。さぁ主人公はこの死体を一体どう処理するのでしょうか?

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谷崎潤一郎 「蓼喰う虫」

さぁ、大御所の妖しい世界へご招待。谷崎潤一郎の作品の中には耽美的、官能的なものが多いのは周知のとおりですが、それが人間の深層心理に絡んでいるので単なるエロ小説とは一線を画しています。そしてそこにお得意の美意識が盛り込まれて、芸術となっているわけです。谷崎潤一郎ファンがその作品に魅了される理由の一つとして、その描く官能の世界が多面的で深いということがあげられるのではないかと思います。この作品のストーリーは、ある夫婦が性的な不調和からお互い了解のもとに浮気をするというもので、そこには憎しみがあるわけではなく、うまくいかないお互いへの諦めがあります。そして労わりあう情があります。世間体もあるし、親戚一同への言い訳の面倒さもあるしで、二人は表面的には夫婦であることを続けますが、実際はそれぞれ好きなように行動し、いづれ来る別れの時を待ちます。いわゆる仮面の夫婦ですね。今では実際にそういう夫婦も多いので、小説のネタとして珍しくもなんともないし、また現代でこのネタで書いても実にありふれたエロ小説に落ちる危険性もあるので評価される作品に仕上げるのは難しいでしょうけど、この作品は発表された時代的にも衝撃的な内容ではあるし、そこに描かれる情景の美しさや会話の見事さに大御所ならではの力量が発揮されているので文学史上に名を残す名作となったのではないかと思います。妖しくも芸術的な谷崎ワールドを体感するには持ってこいの1冊です。同系列の「卍」や「痴人の愛」などもあわせて読むことをオススメします。

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小川未明 「赤いろうそくと人魚」

小川未明とくれば童話ですね。非常に多くの童話を残しています。まさに日本児童文学の父であり、日本のアンデルセンと呼ばれるにふさわしい人です。師匠は坪内逍遥なんですが、彼が大正15年に今後は童話しか書かないと宣言した理由は師匠に小説家としての才能の限界を指摘されたからという説があります。本人聞いた時はがっくりしたことでしょうが、彼が児童文学で大きな足跡を残したことを思えば師匠の指摘はいい結果を生んだというべきでしょうね。彼はまさにその生涯を童話に捧げます。ただ、その作品の特徴としては多くの子どもに読んでもらうために書いたにしてはちょっとシュールな部分もあり、幻想的な部分もあり、ストーリーよりも芸術性を追っている部分もあり、全体的に大人が読んだほうが楽しめるのではないだろうか?という印象を受けます。実際、えしぇ蔵が読んだ時には、童話というより文章の芸術だなと思いました。一般的な童話というのは子どもに夢を与えると同時に、どこか教訓めいたものが含まれており、子どもの教育に役立たせるための要素があるものですが、小川未明の童話は皮肉な結果に終わったり、ものごとをシュールにとらえる面があったりして、おそらく子どもには訳が分からないのではないかと思える作品もあります。そういう意味で是非大人の人に読んで欲しいと個人的には思います。この作品は人魚が人間の暮らしにあこがれて、あるろうそく売りの老夫婦のもとで暮らす話ですが、この老夫婦は金に目がくらんで、かわいがっていた人魚を売るんですよ。ね?シュールでしょ?さぁ売られた人魚はどうなるのでしょう?芸術的大人向け童話を是非お楽しみ下さい。

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寺田寅彦 「柿の種」

寺田寅彦は人間的に非常に面白い人です。本業は物理学者で、東京帝国大理科大学教授であり、様々な研究結果によって物理学史上に名を残し、その特異な研究は「寺田物理学」と呼ばれるまでになりました。研究の対象は地球物理学のようなスケールの大きなものから、身の周りのなにげない現象にまで多岐にわたっており、そういった面にも彼の人間性の一部を垣間見ることができます。そんな彼のバイタリティは物理学だけにはおさまらず、全く畑違いの文学にまでひろがっていきます。友人でもあり師匠でもある夏目漱石との出会いが彼の文学への目覚めのきっかけでした。そして随筆や俳句などにおいて優れた作品を残しました。随筆のネタの中には物理学のことも頻繁に登場し、文系と理系が仲良く同居した独特の作風は彼ならではのものであり、批評家の間ではその点が高く評価されているようです。この「柿の種」は、俳句雑誌「渋柿」に連載された短文を一冊にまとめたものです。どれもポイントだけにしぼった簡明でかつ内容の濃い短文で、読後に深い余韻を残すものばかりです。テーマにも文章にも心休まる優しさがあり、読者を憩わせてくれます。ちょっと一息つきたい時にぱらぱらっとめくって読むのに最適な作品です。そしてやはり文章の中に知性からくる品を感じます。聡明な印象を受けます。曖昧さがなくきちんとした構成はやはり一つの答えを導くために条件を揃えて証明していく理系的な発想からくるものなのでしょうか?どこか他の作家とは違う明確さのようなものがあります。物理学者の生み出した文学がどういうものか、是非皆さんにも味わって頂きたいです。

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鶴田知也 「コシャマイン記」

アメリカ大陸においては先住民であるインディアンとヨーロッパからの開拓民との間での争いは西部劇などで描かれて誰しもご存知の通りですが、そういう争いが日本でもあったことは意外と知られていません。北海道のアイヌ民族がそうです。先住民であるアイヌ民族は和人に対して何度か武力蜂起しています。強力なリーダーの出現により、反乱が試みられたわけですが、コシャマインもそういったリーダーの一人です。こういうふうに書くと、ではこの作品は権力に対抗して戦う男の姿を描いた熱き物語かなと思われそうですが、実はちょっと違います。この物語のはじめではコシャマインはまだ赤ちゃんです。母親と側近によって守られながら、数々の難を逃れていくうちに成長していきます。やがて立派な男となりさぁこれからという状況になったところで、読み手としては和人への組織的な反乱を予想しますが、実際はちょっと違う展開になります。意外な感じで予想を裏切られるのが実に新鮮です。そういう点が他にはないオリジナリティなのかもしれません。この作品は第3回芥川賞を受賞していますが、なるほどそうあっておかしくない非凡な佳作です。作者の鶴田知也は福岡出身なので一見北海道とは縁遠いように思えますが、一時期北海道に渡って働いた時期があります。労働組合運動に参加したり、日本社会党に入党したり、日本農民文学会や社会主義文学クラブなどの発足に貢献したりと、プロレタリア作家的な一面がありますが、この作品における構図も実は資本家と労働者の戦いに置き替えれるのではないかと思います。単なるアイヌの英雄の物語ではなく、その裏にもっとたくさんのメッセージが含まれているように思える名作です。

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久米正雄 「父の死」

久米正雄は早くから才能を開花させた天才型の作家です。東京帝国大学文学部で学ぶという大物作家のお決まりのコースを経て、夏目漱石に弟子入りします。その頃に芥川龍之介や菊池寛と知り合ったことが、文壇の重鎮となっていく上で彼の才能とともに大きく働いたことは確かだと思います。師匠の夏目漱石が亡くなった後、その娘筆子に熱烈なる恋をして結婚を申し込みますが、筆子は松岡譲が好きで、ここに出来上がった三角関係は文壇史の上に一つのスキャンダルを残します。このへんの経緯は書き出すときりがないですし、久米正雄自身「破船」という作品に書き残していますのでそちらを読まれることをお勧めします。結論だけ言うと、すったもんだの挙句松岡譲に負けるわけで、彼の青春時代のドラマは全く小説顔負けといったところです。この作品は彼がまだ学生の頃に第四次「新思潮」の創刊号に掲載された作品です。彼が実際に7歳の時に経験した実話を元に書かれています。主人公の父親は小学校(女子部)の校長先生でした。非常に厳格で、職務に忠実な真面目な人でした。ある日の夜中に小使いの不注意から学校が火事になります。火勢が強く消し止めることができません。父親は御真影を燃やすわけにはいかないと火の中に飛び込もうとしますが、まわりに止められます。そして翌朝には全てが灰になっていました。当時、御真影(天皇の写真)というものは何よりも尊いものとされていましたので、父親の心痛は計り知れないものでした。責任を感じた父親はなんと割腹自殺をします。駆けつけた友人であり元藩士の老人が父親の左腹部の傷を見て、「さすがは武士の出だ。ちゃんと作法を心得ている!」と褒め称えます。壮絶な最後をとげた父親ですがこの一部始終を久米正雄は7歳の時に目の当たりにし幼心に深く刻まれ、後にこうして作品となったというわけです。まだ武士道が残る明治の日本を垣間見ることができる作品です。

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大岡昇平 「事件」

大岡昇平といえば、「野火」「レイテ戦記」「武蔵野夫人」「花影」などを連想しますが、今回ご紹介するのはなんと推理小説です。ちょっと意外ですよね。実は大岡昇平は推理小説に関しても造詣が深く、有名なイーデン・フィルポッツの「赤毛のレドメイン家」などを翻訳しているほどです。えしぇ蔵は、群を抜いて優れた作家というのはジャンルを問わずに傑作が書けると思っていますが、これも一つの例ではないかと思います。非常に優れた推理小説で、1978年に日本推理作家協会賞を受賞しています。簡単にストーリーを説明しますと、1961年の夏に神奈川県の山中で女性の死体が発見されます。すぐに19歳の少年が容疑者として逮捕され裁判にかけられますが、裁判が進むにつれて新事実が次々に明るみに出て、明白と思われた事件が複雑化していきます。果たして少年は本当に犯人なのか?判決はどうなるのか?というサスペンスです。ストーリーが面白いのは言うまでもありませんが、特筆すべきは日本において犯罪が発生した場合、どういった手順で裁判が進行するのか、誰がどんな役割を果たすのか、どれぐらい手間暇かかるものなのか、そして判決はどうやって決められるのかという、日本の裁判のしくみが事細かに順を追って説明してあることです。本当に驚くほど詳細に調べてあり、えしぇ蔵は読んでる途中で、大岡昇平は弁護士か検事の経験があったかしら?と調べなおしたほどでした。実際はそういった経験はなく、徹底して調査し関係者にアドバイスをもらいながら書いたそうですが、作者を知らずに読めば法曹関係の人が書いたと思うことでしょう。その調査力には圧倒されました。大作なので調査から執筆までかなりの労力を使ったであろうことは容易に推測できます。間違いなしの傑作です。是非読んでみて下さい。

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荒畑寒村 「艦底」

社会主義文学、労働者文学を語る上で絶対に欠かすことのできない偉大なる存在である荒畑寒村にとっては、小説家という一面はその広大な活動範囲の一部にしか過ぎません。小説家としてよりも社会主義者、労働運動家としての彼を知る人のほうが多いかもしれません。その生涯はまさに社会への献身に貫かれています。若い頃に横須賀の海軍工廠で働いていましたが、その時に初めて労働運動に参加し、その道への第一歩を記します。この時はまだ10代です。それから幸徳秋水などによって発行されていた「平民新聞」に参加します。1908年の赤旗事件ではご他聞に漏れず牢獄生活も経験しています。その後は大杉栄と「近代新聞」を創刊したり、日本社会主義同盟や日本共産党の創立に参加したり、「労農」を創刊したりと、まさに日本の社会主義運動の歴史そのままの人生を辿ります。戦い抜いた生涯です。非常に凄まじい生き様を見せてくれました。この作品は彼が社会主義運動に目覚めた横須賀の海軍工廠時代の経験をもとに書かれた非常に短い小品です。主人公は巡洋艦の艦底で棚の鉄板を取り付ける穴を開ける作業に従事しています。窓もなく空気のよどんだ”穴蔵”の中で栄養失調によって脚気になった足をひきずりながら働いています。主人公は健康診断において、脚気であることと心臓が弱っていることがわかりますが、軍医長によって肺でないなら大丈夫とあっさりと片付けられてしまいます。友人に到ってはさらにひどい状態で、「こんな体をしてよく生きているナ」とまで言われます。そういう状態にまで追い詰められた人々の労働によって巡洋艦は作られ、戦争が行われるわけです。この作品は単なる労働者の悲劇だけでなく、その捧げられた労働の結果が戦争に使われるという虚しさをも訴えています。短いですが実に訴えるものが多い名作です。

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上司小剣 「鱧の皮」

上司小剣は奈良県生まれ兵庫県育ちです。大阪の浪華文学会で活動した後、東京に移り読売新聞社員となり、編集局長まで務めます。最近ではその作品に触れることが極めて難しくなった作家の中の一人ですが、文学史には必ず名前のあがる人です。この作品は彼の代表作で、田山花袋に賞賛されて有名になります。舞台は大阪ですが、さすが関西出身とあって大阪の風物や人情が実にうまく表現されており、それだけでも読む価値ありです。物語の筋としては非常に単純です。大阪の道頓堀にある小料理屋における日常を描いています。経営者の源太郎と養女の姪のお文が、道楽の末に家を飛び出したろくでなしの婿養子福造から送って来た手紙を読んで、愚痴を言っている場面から始まります。手紙には金がないから送ってくれだの、勝手なことばかり書いてあるので二人は飽きれていますが、その末尾に「鱧の皮をお送りくだされたく候」と書いてあります。この一文がこの作品のポイントになります。あんなやつに何も送る必要はない、という感じで手紙は無視され、お文は芝居を見に行ったりするわけですが、じつはこっそり鱧の皮を買って小包にして隠します。そして寝る時にその隠してる小包をちょっと撫でてみるシーンで終わります。このラストシーンがなんともたまらない余韻があるわけです。あぁ文学ここにありだなぁと感動します。旦那はろくでなしだけど別れるに別れられない、お文の微妙な心境が大阪の風情を織り交ぜて見事に描かれています。短い作品ですがしっかりと印象を残す作品です。ちなみに鱧とはうなぎに似た魚です。今では高級魚のうちに入りますが、関西の人にとっては馴染み深い味です。作品中で「鱧の皮、細う切ってて、二杯酢にして一晩ぐらゐ漬けとくと、温飯に載せて一寸いけるさかいな」と紹介されていますが、一度食べてみるとこの作品の味わいが更に深まるかもしれません。

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高山樗牛 「滝口入道」

高山樗牛をご存知ですか?小説家としての作品が少ないのでご存知ない方も多いでしょう。小説家というよりも文芸評論家、あるいは思想家というほうが適しているかもしれません。明治の日本文学の黎明期においてその評論において世間に対し文学というものへの扉を開き、先導した功績は大きいです。同時に思想家としても有名ですが、その主張が日本主義に始まり、個人主義、ロマン主義、と変化し、ニーチェの影響を受けたり、日蓮崇拝に到ったりと、一貫したものがあったわけではなく、その点における世間一般の評価は低いです。そんな彼ですが、この「滝口入道」は彼の名前を小説の世界において不動にしました。東京帝国大学哲学科に在学中に読売新聞の歴史小説懸賞募集に応募し最優秀作に選ばれ、その後紙上で連載された作品です。当時は匿名で発表され、のちに出版された時にも匿名で通しました。「滝口入道」の作者が高山樗牛だったという事実を世間が知ったのは、なんと彼の死後においてです。この傑作の作者であるという名誉を敢えて避け通した彼の意中はどこにあったのでしょうか?文学評論家としての立場を考慮してのことでしょうか?えしぇ蔵だったらこれだけのものが書ければ自慢して天狗になるのは間違いないところです。作品の内容は「平家物語」に題材を得ています。高山樗牛は「平家物語」についてかなり造詣が深かったそうです。主人公の男は心も身体も鍛錬された武士の鑑のような真面目な男でしたがある女性に恋をし、それが片想いのまま実らないことを知って世を儚んで出家します。ところが実は女性のほうでも彼のことを密かに想っていましたが、悲しいかな二人の運命の糸は交差しません。一方では源氏の勢力により平家は悲惨な末路をたどりかつて主人公を取り巻いていた世界は崩壊していきます。俗世間を離れ出家していた彼ではありましたが、時代の波は彼も巻き添えにしていきます……。物語も面白いですがなんといっても美文調のほれぼれするような素晴らしさには感嘆せずにはいられません。とても大学生の作品とは思えません。

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