蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

宮城谷昌光 「楽毅」

もし誰かに宮城谷昌光の作品はどういうものか、あるいはどの作品から読み始めたらよいかと尋ねられたとすれば、まずはこの「楽毅」を勧めると思います。この作品には宮城谷昌光の作品全体に共通する特徴、それはつまり魅力とも言えますが、それが最も多く含まれているのではないかと思うからです。その持てる力を余すところなく発揮した感がある作品だからです。この作品は中国の戦国時代の武将である楽毅の生涯を描いています。まずこの楽毅を選ぶところが宮城谷昌光的だと言えます。一般にはそれほど知れ渡ってはいない英雄の姿を掘り出して、作品の上で再び輝かせ多くの人にその存在の大きさを知らしめるというパターンですね。古代の中国には小さな国がたくさんありましたが、戦国時代(紀元前403年~紀元前221年)には中山という小さな国がありました。楽毅はこの中山の武将で、国を守るために八面六臂の活躍をしますが、君主が愚昧で弱小な国なのでその努力が報われません。しかし寡をもって衆に立ち向かうその見事な戦いぶりは一気に楽毅の名を広めることになります。中山が滅びた後は新天地を求めて流浪の身になりますが、最後はついに燕の国にその才能を発揮する場を得ます。そして再び歴史に残る活躍をします。知的でかつ剛勇無双、そして家族に愛され部下に慕われる優しさも持っており、まさに理想のリーダー像がそこにはあります。いい人材はそれを認めて使ってくれる人に出会えるかどうかで大きく差が出ます。楽毅の場合は燕の君主がそうでした。思えば実生活においても自分を認めてくれる師や上司に出会えるかどうかは人生に大きく影響します。楽毅と燕の君主の関係にその理想を見るように思います。楽毅という人物から学べることは多いです。皆さんにも是非知って頂きたいです。

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太宰治 「ヴィヨンの妻」

太宰治の作品の中でも特に評価が高いのでご存知の方も多いと思いますが敢えてご紹介します。えしぇ蔵は自分でも小説というものを、極めて拙いですが書くことがありますが、この作品を読んだ時には「あぁ自分には小説なんて書けないんだな」と強制的に認識させられました。こんなすごいのは自分には無理と思いながら一気に読んで、読み終わった後に大きなため息が出ました。太宰治とは如何なる者ぞと思う方はこの作品一つで十分にわかるのではないかと思います。無駄がなく構成のしっかりとした物語が、テンポよく進んでいきます。登場人物の心理は明確に把握できますし、読者の心にどっしりと重いものを置いていく感じはさすがです。何より女性の心理の描き方が素晴らいく、この点は他の追随を許しません。おそらく多くの名を成した男性作家の中でも女性の気持ちが一番わかっていたのは太宰治ではないかと思います。ストーリーは例によって家族も養えないようなろくでなしの男が主人公です。この男は詩人で、作中で書いた論文のテーマが15世紀のフランスの詩人フランソワ・ヴィヨンだったので、このタイトルになっています。とは言っても実際の主人公はその奥さんの方です。ろくでなしの詩人の妻として自分はどう生きるべきか?どうすれば自分の力だけで強く生きていくことができるか?を考えて、積極的に行動に出ます。破滅しか見いだせない憐れな男と、希望を抱いて前進する妻という対照的な存在をからめて、戦後の混乱期の社会の一コマを描いています。えしぇ蔵思うに完璧な作品です。でもあまりに完璧すぎで、これから小説を書こうという方には自信喪失になるかもしれませんのでご注意下さい。

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夏目漱石 「行人」

日本の文学を築きあげてきた偉大な文豪たちの名作というのは、それを読む時期が異なると、受ける印象や得ることができるものに大きく差が出るのではないかと、40代後半になってから特に感じるようになりました。例えば夏目漱石の作品を高校生や大学生の時に読むのも大いに結構です。若い心理にも大変大きな影響を残すことでしょう。それでもどうしても若さゆえに受け入れる器が小さく、思慮にも乏しいので多くのものを見過ごしていることに気付かないこともまた事実です。一方で社会に出て何十年もの間、様々な経験をして、人生とはかくも苦しいのか、楽しいのか、辛いのか、悲しいのかと感傷もひとめぐりして、ある程度生きていくことに疲労を覚えるようになった時に夏目漱石を読むと、まるで砂漠を歩いている時に不意に与えられた水のように夢中で身体が吸い込んでいくのを感じます。その言わんとしていることがよくわかるんです。そして共感するんです。これは中高年者に演歌が支持されることと似ているかもしれません。結論として、えしぇ蔵は名作は長い年月を間に置いて読み返すべきだと思います。おそらく年老いて余命もわずかになった頃に読むとまた違ったものを得るかもしれません。この作品も40代以上の方が読むとより心に響くものがあると思います。主人公の兄は精神を病んでおり、その兄にどう接していいかわからずに翻弄される家族の姿を描きつつ、病人と健常者の間の、続かない心のキャッチボールの悲しさを訴えています。心にずっしりときて、読んだ後に腕を組んで溜息が出るような重みのある作品ですが、非常に大きなものを心に残してくれる気がします。是非手元に大事に保管して、10年、20年おきぐらいに読み返すことをお勧めします。回をおうごとに作品が深く感じられると思います。

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谷崎潤一郎 「春琴抄」

残した作品が全て名作といってもいい谷崎潤一郎ですが、その中でも最高傑作を選ぶとなるとどの作品でしょうか?一般的には「細雪」か、この「春琴抄」ではないかと言われていますね。えしぇ蔵も同意見です。この2作品が特に秀でていると思います。この作品は、幼い頃に病で視力を失ったにも関わらず、その腕は関西で並ぶ物がいないといわれた三弦の師匠の春琴と、その支えとなることを自らの生涯の使命として生きる佐助との純粋かつ耽美的な愛の物語です。谷崎潤一郎が描く愛の物語とくれば、そこはメインストリートを歩くようなノーマルなものではない場合が多いわけで、ここでもやはりちょっと異常な細い裏道の内容になるのはいわばお約束です。佐助は春琴の弟子であると同時に、春琴の全ての面において補助することが使命ですから、外出の時に手をひくだけではなく私生活全て面倒を看ます。春琴もそれを佐助にしか許可しなかったので自然二人は常に一緒にいることになり、表面的には厳しい師弟関係を貫きつつも、一線を越えた関係にまで発展します。それでも春琴は佐助を弟子として見下した姿勢は崩さず、佐助も師匠として敬う姿勢は変わりません。その関係は極端に表現すればいわばSMの世界です。女王様と奴隷という見方もできるわけです。ある意味この作品は最も芸術的なSM小説なのかもしれません。でもこれは他の作家では創造し得ない独自の世界だなと思います。この作品のもう一つの特徴は実験的な書き方です。改行がなく、句読点も少なくて文章がずっと繋がっています。だから本を開いた時に読みにくいのではないかと思われがちですが、すぐにその名文に魅了されて気にならなくなります。妖しくも芸術的な世界を実験的な筆致で描く至高の名作を是非お楽しみ下さい。

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宮城谷昌光 「太公望」

宮城谷昌光の作品を読むたびに、というかその仕事ぶりに感服するたびに、松本清張を思い出します。その共通点は綿密な準備とそれに基づいた説得力ある考察です。とにかくどちらも書くまでの調査・勉強が徹底しています。もちろん横で見ていたわけではないですが、作品の奥行に大いにそれを感じます。中国の歴史を描くのに古代から伝わる文書を読破して分析するのは当然ですが、ただ表面的に読むだけでなく、その背景を当時の社会状況などをふまえて推理し、ここは誤りではないかとか、ここは筆者の思いが強すぎるとか、独自の結論を導いた上で自分の作品の参考にしています。そこが歴史小説家の中でも特に秀でている部分ではないかと思います。例えばこの作品の主人公である太公望もそのいい例です。太公望という人は周という国の軍師として殷(商)との戦いに大いに貢献したという記録はありますが、それ以前の出自に関しては全く不明です。生まれた年すらわかりません。様々な伝説があって、もはやそれが史実のように信じられがちですが、実はその生涯は明確にわかってはいません。それなのに一般的には釣り針もつけない竿で釣りをしている変なおじいさんとして登場し、そこで周の文王と出会うというのがいわばお約束のように描かれます。ところが宮城谷昌光は自分なりの考察をもとに太公望を子どもの頃から描き、文王と出会うのはまだ30代の血気盛んな頃にしています。出自もわからない人物ですからこういう描き方も大いにありだと思うわけです。あるいは正解に近いのではないかと個人的には思います。こういう独自の考察は歴史小説には大いにプラスになって作品の重み、面白さを増幅させると思います。こういうタイプの歴史作家がもっと出てきて、新説を作品にして欲しいと切に願う次第です。今までにない若い太公望の活躍を是非お楽しみ下さい。

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星新一 「ボッコちゃん」

小説には大きく分けて長編と短編がありますが、短編の中でも極端に短いものはショートショートと呼ばれます。明確な規定はありませんが、長くてもだいたい原稿用紙で20枚にも満たないような長さのものです。もともとショートショートはアメリカで始まった小説の一形態ですが、それを日本に紹介したのは推理作家の都筑道夫と言われています。そして日本において文学の一つの形として確立させたのは星新一です。生涯でショートショートを1000編以上書いたそうですからその熱の入れようがわかると思います。名作を一つでも残すのは大変な偉業ですが、新しいジャンルを確立させるというのはもっとすごい偉業です。いわば前人未到の荒地に飛び込んで勇猛果敢に切り開き、後に続く人のために道を作るようなものですからその苦労たるや測り知れないものがあります。後世に生きる我々は大いに敬意を表し感謝すべきところです。いつもなら作家の作品を一つ取り上げて紹介していますが、今回はとりあえず作品名として「ボッコちゃん」を上げてはいるものの、お勧めしたいのは星新一のショートショート全てです。SFをメインに様々なジャンルのものがあり、全体的に非常に質が高いです。いつの時代においても古さを感じさせないように書かれており、固有名詞も使わず漠然とした表現を使うことで具体的なものを何も想起させずに読者を楽しませる工夫がなされています。そのために海外でも人気が高く世界中で愛読されています。一つ、二つ読めば読者に対して純粋な夢を描かせる配慮がなされていることはすぐにわかります。時代も場所も年齢も立場も宗教もイデオロギーも超えたところにある、絶対的なエンターテイメント作品と言えるのではないでしょうか。日本が誇るべき作家の偉大な功績を是非お楽しみ下さい。

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井上靖 「敦煌」

敦煌文書の一件をご存知の方なら、この敦煌という街の名前には大いに浪漫を感じるだろうと思います。中国の甘粛省の北西部にあるこの街は、古代からシルクロードの分岐点として栄えた街で、東西の文化が交差していました。仏教が盛んで、岩を彫って作る石窟寺がたくさんあることで有名です。西暦1036年に西夏という国がこの街を支配下におくために進出してきました。恐れる住民たちの間に西夏は仏教を弾圧するという噂が流れます。そうなると大事な経典などが焼かれてしまうにちがいない、それは大変だということで、大慌てで石窟寺の中にある耳房とよばれる場所に経典を入れ、上から泥と漆喰で塗りつぶして壁のようにして隠しました。ところが実際には西夏も仏教を重んじていたので弾圧などはなく、隠した経典もいつしか忘れられてしまいましたが、1900年にひょんなことからこれが発見され、大騒ぎになりました。中国には印刷技術が確立される前の文書はほとんど残っていなかったのに、敦煌から経典だけでなく様々な種類の当時の文書がどっさり出て来たわけですから、歴史の謎を解決するのにこれらが大いに役に立ったわけです。普段の生活の何気ない書き損じの文書や売買の契約書、教科書などもあって、当時の生活を知る大きな手がかりにもなったそうです。そんなセンセーショナルな事件を題材にして書かれたのがこの作品です。攻めてくる西夏から大事な経典を守ろうとする主人公たちの奮闘がドラマティックに描かれており、非常に興奮する作品です。実際の歴史が残してくれたロマンをうまく活用して、大いなるエンターテイメントとして昇華させた井上靖の手腕には脱帽するのみです。さすがの筆力を感じます。悠久の歴史を感じながら読んでみて下さい。

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宮城谷昌光 「晏子」

今も活躍中の中国の歴史小説作家とくればまず宮城谷昌光の名前が上がるのではないでしょうか?新しい作品を発表するごとにその名に重みが加わっていくような気がします。その特徴は徹底した準備と、それによって史実から大きくはずれることがない安定した展開だと思います。なにしろろくな記録も残っていない昔のことなので調べても判明しないことが当然ながらあるわけで、そこを無理に飛躍した空想で埋めないで、その場の状況や前後の事実などから推理して書いています(自分の推理であることを本文中に書いていることもあります)。だからよりリアルに時代を楽しめる感じがします。この作品の舞台は古代中国のいわゆる春秋期です。中国大陸においていろんな国が存在を誇示し、戦争しては領土を削り合うという緊張した状態が続いた時代です。それらの国の一つである斉に礼を守り一貫した信念にいきる晏弱という男がいました。外交においても他国と堂々と渡りあい、戦争においては名采配で連戦連勝するという実に痛快な男でした。動けば必ず結果を残し、それを誇ることなく次の手を打つという生き方がまさに仕事ができる男の見本という感じで魅了されました。ところがまだ働き盛りという頃に惜しくも急死してしまいます。でもそのぶれない魂は子どもの安嬰に引き継がれます。安嬰は首に刃を置かれても正義を貫き通す強靭な精神をもって斉の国を支え続けます。行政においても外交においても姑息な手段は一切使わず、天の意思と民の声に従って行動します。悠久の時を越えて賞賛され続ける親子の物語にはどの時代にも通じる生き方の真髄があるように思います。是非多くの方に読んで欲しい作品です。

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城山三郎 「落日燃ゆ」

どの街にも郷土の偉人や英雄と呼ばれる人がいるものですが、えしぇ蔵の住む福岡では菅原道真や黒田長政などのビッグネームと並んでもひけをとらない人気を誇るのが広田弘毅です。郷土が生んだ第32代内閣総理大臣は、それだけでも十分に誇りではありますが、なんといってもその死に臨んでの毅然たる態度が多くの人を感動させました。太平洋戦争の終結後、東京裁判において7名のA級戦犯が死刑となりましたが、その中で唯一文官であったのが広田弘毅です。開戦前にはその防止に奔走し、開戦後には和平工作に全力を尽くしたにも関わらず、総理大臣在任中に軍部大臣現役武官制を復活したことなどを理由にA級戦犯とされてしまいます。ところがこの判決には当時日米両国の多くの人が納得しませんでした。そして驚くべきことに本人は一切の弁明を行いませんでした(これは弁明すれば他の関係者の名前が出てしまうので、それらの人々をかばうためだったという説もあります)。死刑に際しても毅然たる態度を崩さず、まさに”黙して逝った”人でした。その壮絶な生きざまを慕う人は多いですが、それは城山三郎のこの作品も大いに貢献しているのではないかと思います。広田弘毅をとりあげた作品の中でも最も広く知られています。石屋の息子が政治家となり、外務大臣として外交に奔走し、やがて総理大臣となり、太平洋戦争を経て東京裁判での死刑判決で散っていきます。その生涯を詳細に調べあげてドラマティックに描かれています。あまりに見事な完成度なので、城山三郎と広田弘毅の間になにか縁があってこの作品が生まれたのではないかと思ってしまいます。素晴らしい人物を素晴らしい作家が描いた名作です。是非読んでみて下さい。

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吉村昭 「大本営が震えた日」

学校で学ぶ歴史というのは、時間的な制限などもあって表面的なものだけに限定されがちです。例えば太平洋戦争が始まった時のことをどう解釈していますか?日本がハワイの真珠湾を攻撃したことによってその幕が切って落とされたというのが学校で教える歴史です。確かに大局的に見ればそうかもしれませんが、実はそこに至る経過は複雑なものですし、その前後に表舞台とは違うところでは様々な事件が発生していました。そういった”学校で教わらない部分”には実は歴史を理解する上で非常に大事なポイントが隠されていたりするものです。太平洋戦争が始まる一週間前の昭和16年12月1日に、開戦の極秘命令書を乗せたDC3型機がなんと敵の領内に不時着します。もしそこで敵に命令書が渡ればどうなるか?この事実を知った大本営はまさに震えるわけです。さぁ大変です。命令書はどうなったのでしょうか?運んでいた軍人は生きているのでしょうか?極秘の捜索、救出作戦が始まります。開戦のことが敵にばれたのか?ばれていないのか?読んでるこちらまで緊張してはらはらします。次の展開が待ち遠しくなります。この作品にはこの事件の他にも開戦前後にいろんな場所で繰り広げられた緊張のドラマを詳細に調査して紹介しています。あのハワイへの奇襲作戦の裏にこんないろんな事件があったのかと本当に驚かされます。歴史というのはどうしても読んで面白いのは波瀾の時期ですが、当時生きていた人たちにとっては悲劇です。こういったドキュメンタリー文学は読む人の興味をそそるだけでなく、当時の人の悲しみも同時に感じて、そこから”何か”を学んで欲しいというメッセージも含んでいます。この作品を通して皆さんも是非その感性で”何か”を学んで下さい。

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