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蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

埴谷雄高 「死霊」

日本文学史上においてこの作品ほど異彩を放つものはないと言っても過言ではないと思います。日本どころか世界的に見ても極めて珍しい形而上小説です。恐らく今後も同様のものが登場することはほとんどないのではないかと思います。では形而上小説とはなんでしょうか?簡単に言ってしまうと作品全体が思想や哲学で満たされている小説です。一応ストーリーはありますがそれは登場人物の発言を借りて様々な考えを表現するためのものとなっています。それぞれ癖のあるキャラクターを持った人々が現れ、難解なセリフで会話します。そのやりとりも全て思想であり哲学です。読み進んでいくうちに恐ろしいほど伝わってくるのは、この作品を書いた埴谷雄高という人の才能です。一体どんな人が書いたのだろう?どんな考えで書いたのだろう?と調べてみたくなるはずです。とても普通の人には書けない別次元の世界です。前提知識なく普通に読み始めると途中で挫折する人が少なくないと思います。しかもこの作品はかなり長いですからね。第9章まであります。それでもまだ未完です。まさに埴谷雄高のライフワークです。読んでみようかなと思う人は、この作品の文学史における存在意義、文壇において与えられた評価などを調べておくことをお勧めします。尊重されるべき偉大なる作品です。文章表現が難解ですのでゆっくりと同じ箇所を読み返しつつ進んでいくといいと思います。何かの研究所を読むようにゆっくりじっくりと。そんなに難解ならやめておこうという方も第1章は比較的わかりやすいのでそれだけでも読んでみて下さい。そしてこの摩訶不思議な形而上小説の世界を是非体感してみて下さい。こういう作品も日本にはあるということを知って頂きたいです。

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武田百合子 「富士日記」

ある日、姫が3冊の厚い文庫本を買って来たのでどんな本かと開いてみると、延々と日常の記録として書かれたごく普通の日記に思えたので、正直「何が面白いのだろう」と思ってそれ以後全く存在すら忘れていました。その後、引越しをして本棚の整理がまだできていない時に、さらに新しい本を買うのはしばらく控えようと思って読んでいない本を漁っていた時に取り出したのがこの作品でした。暇つぶしにはちょうどいいかなというぐらいの感覚で。ところがじっくり読んでみるとこれがただの日記でないということに気づきました。日々、冒頭には朝昼晩食べたもの、そして買ったものが羅列されています。買ったものはそれぞれの値段まで細かく書いてあります。そしてその日に起こったごく普通の日常の出来事が記録されています。武田泰淳という作家と暮らす一人の女性の何気ない日々です。その何が面白いのかというと、作者の価値観が非常にユニークで、かつそれが何も隠すことなくストレートに表現されています。見たこと、聞いたこと、出会った人、食べたもの、買ったもの、経験したこと、全てにわたって赤裸々に独自の視点から感想や意見を述べています。その視点が予想外の角度から切り込んでくるので笑わせてもくれますし、また核心をついて考えさせられたりします。出版を前提として意図して書かれたものではなく、実際に一人の人間、一つの家族の生きてきた記録の中で表現されているので、飾り気も婉曲もなく、読む側の心に直球で放り込まれます。だからその受ける衝撃には表現できないほどの大きさがあり、数多く残された日記形式の文学の中でも特筆すべき名作ではないかと思うに至りました。それに加えてこの日記は昭和39年から51年まで書かれていますが、当時の世相をリアルに体感できることも大きな特徴の一つです。昭和の文化の変遷の一端を知るにも貴重な記録です。文体に飾りがない分非常に読みやすいので、2日間分だけ読もうと思ってもついずるずると何日分も読んでしまったりします。意図しないところに自然発生的に生み出された傑作です。是非読んでみて下さい。

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三島由紀夫 「美神」

三島由紀夫という偉大な作家が自分の国にかつていたことを私たちは誇りに思うべきではないかと個人的には考えています。まさに世界の大家たちにいささかもひけをとらない人であることは間違いありません。三島由紀夫の作品はあらゆる魅力を含んでいます。思想的にも多くの人の信念を揺すぶるほどの強い力を持っています。文章表現は極めて巧みで喩えようもない美しさを誇っています。計り知れぬ知識の深さは他を圧倒していますし。そして忘れてはいけないのがストーリーの面白さです。ただ芸術的であるだけではなく、しっかり読者を楽しませてもくれるのが彼の作品の大きな魅力です。またそれゆえに海外でも広く受け入れられるのではないかと思います。この作品は非常に短く、すぐに読んでしまえるような小品ですが、それだけにぐっと引き締まった傑作です。主人公のR博士は古代彫刻の権威でした。彼は病床で人生最後の日を迎えようとしていました。死ぬ前にもう一度”あれ”が見たいと彼は医者に依頼します。”あれ”というのは、彼がローマの近郊で発掘に成功したアフロディテの像でした。その発見は奇跡と言われ、博士の名を高からしめました。博士は自分の著書にこの像の高さを2.17mと書きました。他の書物はどれも博士の著作を参照してこの像の紹介文に高さ2.17mと記載しましたが、これは博士が仕組んだいたずらでした。実際は2.14mしかないのをわざと3cm多く公表したのです。それは博士とアフロディテだけの秘密でした。そして博士は病床で医者に像の高さを測ってみるように言いますが、なんと像の高さは2.17mでした。死ぬ間際の博士の驚愕!さぁそこで博士は最後になんと言って死ぬのでしょうか……?小説って面白い!としみじみ感じさせてくれる作品です。

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武田百合子 「犬が星見た」

武田百合子は、あの「ひかりごけ」で有名な武田泰淳の妻です。神田にあった、文学者が多く集まるバー「らんぼお」で働いている時に泰淳と知り合い、結婚します。えしぇ蔵は当初、百合子の作品が有名なのは泰淳の名声に助けられてのことだと思っていましたが、とんでもないことでした。彼女の実力はこの作品を読めばすぐにわかります。日々の出来事を自分の感慨を交えながらストレートに飾り気なく書いてありますが、誰の目線も気にすることない泰然自若とした文章は非常に評価に値するものとなっています。実際に多くの作家がこれを高く評価しています。この作品は泰淳と一緒に行ったロシア旅行の記録です。昭和44年6月10日に横浜を出港し、ハバロフスクからソ連に入り、イルクーツクやタシケント、レニングラードなどたくさんの街を経由して、スェーデンのストックホルムに抜けるまでの旅を、日々食べたものにいたるまでこと細かに書いています。ツアーなので他の客との交流がユニークに描いてあるのも魅力です。友人の竹内好(文芸評論家)や、お金持ちの銭高老人(当時の銭高組の会長)などとの会話はかなり笑えます。日々の出来事も、情景描写も、会話も、感想もすべてその文章は評価されようという姿勢は微塵もなく、全くの”素”で書いてあり、それが逆に彼女の実力を読者に認識させる結果になっています。そしてその大らかな、飾らない、動じない性格が文章から感じとらます。誰しも彼女の人間性に惹かれてしまうと思います。泰淳は彼女の人間性に大いに影響されたとのことですが、誰でも一緒にいればそうなるだろうと思います。この作品はいわば彼女自身を表現したものと言えるかもしれません。芸術というものは意図しないものほど次元の異なる領域に達するような気がしますが、この作品がその一つの例ではないかと思います。

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福永武彦 「世界の終わり」

福永武彦という作家は日本の文学の発展の上において必要な人であったと思います。それは、ものの見方、考え方に多くの人とは違ったものを持っていたからです。黒が上になったオセロの駒をみんなして黒だ黒だと言っている時に、裏側はどうなんだろう?裏側は黒じゃないのかもしれない、ひっくり返してみよう、あ、裏側は白だった!という思考及び実行を特徴とする人だからです。そういう人が小説を書くと非常にユニークなものが出来上がるというのは想像できることです。そのいい例がこの「世界の終わり」です。ストーリー全体を説明するとすれば、徐々に精神に異常をきたす奥さんを持った男の話で、特に何が面白いのか?と思ってしまいそうですが、面白いのはストーリーではなくて書き方です。第1章は「彼女」というタイトルになっており、彼女の内面における思考を描いています。外側から見ると精神的に異常な人ですから、それは全く非現実的で幻想的です。摩訶不思議な世界が広がっているわけです。夕焼けを見て空が燃えていると思い、世界が終わってしまう恐怖にかられ、急いで家族に知らせようとします。第2章は「彼」です。妻の異常に悩む男の苦悩を描いています。そして第3章が「彼と彼女」。過去の二人の出会いの場面や、彼女の異常にまわりが気付き始めた時などの過去の回想が描かれています。そして最後の第4章は再び「彼女」になり、第1章の続きが描かれます。第2章と第3章は奥さんを取り囲む外的世界を描いており、第1章と第4章は奥さんの内面世界を描いています。精神異常の人を外から観察して書いたものは多いですが、こうして本人の内側からの視線をも合わせて描いたというのが非常に面白い手法だと思います。対比して読み比べるといいと思います。オセロの駒の両面を描いた福永武彦ならではの傑作です。

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中村真一郎 「生き残った恐怖」

ちょっと一味違う作品世界にご招待です。中村真一郎の作品は他の一般的な作品を読むつもりで読み始めるとちょっと戸惑いを感じると思います。それは作品全体に現実的な感覚があまりないからです。まずは舞台背景に関する説明は非常に簡単です。季節とか建物とか人の動きなど、そういうものがほとんど重視されていません。(佐々木基一が彼と一緒に自然の中を散策した際、彼が景色というものにほとんど関心を示さなかったと語っています)彼の関心はもっぱら人間の内面的な動きに向けられています。これはヨーロッパ文学によくあるパターンですね。実際彼は若い頃かなり影響を受けています。そういう作品を以って戦後に登場し戦後文学の旗手となります。後期においては作風はだいぶ変化しますが、初期の頃の作品には、わかる人にだけ読んでもらえればいい、というような孤高の天才の自信を感じます。結局、作家というのはそういう姿勢でいいのではないかと個人的には思います。読んでもらうため、気に入ってもらうため、という目的もあるでしょうけどそれ以前にやはり書きたいものを書く、書きたいように書く、自分が信じた道を貫く、という信念があって然るべきではないかと思います。この作品のタイトルを見ると、「お、なんか怖い話かな?」と思うでしょうがそう簡単にいかないのが中村真一郎なのです。戦争中に徴兵検査を受ける前のある若者が、戦場で殺人を犯したくないためにどうすればこの現実を回避できるかと深く苦悩する話です。最終的に彼はそのためには自殺しかないという結論に到りますが、実際には滑稽な結末が待っていました。発端や結末はこの作品の場合どうでもいいわけでして、大事なのはこの若者の苦悩を描写した部分です。ここにおいて本領発揮です。他の作家の作品とはちょっと違う世界を味わってみて下さい。

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武田泰淳 「ひかりごけ」

ちょっと重いテーマの小説です。覚悟はいいでしょうか?この作品はですね、カニバリズムがテーマです。つまり「食人」ですね。飢餓の極限状態に置かれて、ついに許されざる一線を越え、人を食べてしまったといういきさつを描いた問題作です。1944年に北海道で実際に起こった事件をモチーフにしています。日本陸軍が徴用した船が知床岬で難破します。極寒でかつ食糧もない最悪の状態に置かれ船員は死んでいきますが、その死んだ船員の人肉を船長が食べたことが後で発覚し裁判になります。「食人」で人が裁かれるのは初めてで適用する法がないので、死体損壊ということで懲役1年の実刑となっています。武田泰淳がこの事件をモデルにしたので、事件の名前自体「ひかりごけ事件」と言われています。ここで注意して欲しいのは、この作品は実際にあった事件の記録ではなくあくまでそれをモチーフにした架空の話であるということです。内容をそのまま事実と認識しないようにくれぐれもご注意下さい。前半の部分がいかにも作者が現地で事件を調査したというドキュメンタリー風に描かれているので、非常に誤解されやすいですがあくまで創作です。作品の後半は2幕に別れた脚本になっています。1幕目は事件の現場です。船員たちと船長の会話がリアルで、極限状態の緊張感が伝わってきます。2幕目は船長が裁かれる法廷です。船長と検事の会話の中にこの作品の真のメッセージが込められています。人間が極限状態において犯したくない罪を犯してしまった時、一体誰がそれを裁きうるのか?少なくともその状態を知らない同じ人間にはその権利はないのかもしれません。重いですが是非読んで頂きたい問題作です。

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梅崎春生 「桜島」

梅崎春生は椎名麟三や野間宏らとともに第一次戦後派作家と呼ばれています。戦争中は文化的なものも抑圧されていたわけで、敗戦とともに開放された時は様々な文化の花が争って開き始めます。もちろん文学も大いに羽ばたいたわけで、多くの作家が己のスタイルで登場し活躍します。その中でも梅崎春生は戦後すぐに書いたこの作品で注目を集めます。昭和20年の敗色濃厚な中で主人公が見た軍隊の様子を描いています。主人公が桜島に転勤になるのが7月はじめです。終戦は8月15日ですから既に日本の行く末を不安に感じる雰囲気が全体にあるわけです。既に沖縄が占領され、さぁ次は本土上陸だと緊張している時期です。米軍の上陸がどこから始まるかが一番の問題でした。鹿児島からではないか?宮崎の日南か?いや、千葉から一気に東京かも?あらゆるパターンを想定して上陸に備えていました。そんな中で主人公は鹿児島の桜島に暗号解読の担当として赴任します。そこでいろんな人間の生態を目撃します。部下を虐待する兵曹長、交友を結んだが米軍機の機銃掃射で死ぬ見張兵、特攻隊の兵士の荒んだ様子、望遠鏡で見た自殺しようとしている老人……全体にやるせなさというか、どこか悲しく怠惰な空気が流れており、終戦前の日本の様子が非常にうまく表現されています。作者は実際に終戦間際は鹿児島に赴任していたので、その時の体験が生かされているようです。主人公は何も希望を感じさせない社会の中で、自分が何のために生きているのかがわからなくなります。これが「宿命」だと言われてもそこにどうしても納得がいかないという懊悩を描いており、ただの戦記ものとは一味違う奥の深い作品になっています。

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森村誠一 「ミッドウェイ」

歴史好きでなくとも、ミリタリーおたくでなくとも、ミッドウェイという場所で起きた戦闘が太平洋戦争における大きな転換点となったことをご存じの方は多いと思います。非常に劇的な展開となり、アメリカにとっては勝利への転換点、日本にとっては敗北への転換点となりました。意味深くドラマティックなこの戦いをテーマにした作品は数限りなく世に出ました。ドキュメンタリーもかなりの数に上ります。そんな中でひときわ存在感を放つのが、澤地久枝の「蒼海よ眠れ」と森村誠一の「ミッドウェイ」ではないかと個人的に思っています。澤地久枝の場合はドキュメンタリーですが、森村誠一の場合は小説です。でもストーリーを含んではいますが、ミッドウェイ海戦に至る日米両国の政治・軍事的な展開、軍人たちの訓練の様子、庶民の生活の様子など徹底的に調べている点ではもはやドキュメンタリーの域に入っています。特筆すべきは日本海軍の士官候補生を育てた江田島の海軍兵学校の様子です。入学した主人公の目を通してかなり詳細に描かれており、非常に興味深いものがあります。一方でドラマという面でも優れていることは、読み始めるとなかなか止められないことでも証明されています。この作品は日米どちらかに偏った視点では描かれていません。面白いことに日本側とアメリカ側で2人主人公がいます。それぞれが海軍のパイロットとして交替で登場し物語が進んでいきますが、徐々にその距離が縮まり、ついにミッドウェイの海の上で対戦するという展開となります。果たして2人の対決はどうなるのか?この2人は運命のいたずらで同じ女性を愛することになりますが、それが作品に色を添えています。ドキュメンタリーとしても、ドラマとしても傑作といえます。大作でかなり長いですがそれを感じさせない面白さです。森村誠一の力量を見せつけられます。若者の夢も愛も奪う戦争の悲劇をリアルに描いたドラマとして読んでおくべき傑作ではないかと思います。

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壷井栄 「暦」

名作「二十四の瞳」で小豆島を有名にした壷井栄ですが、出身地も小豆島で、あの牧歌的に描かれた自然と人はそのまま壷井栄自身が育った環境でもあります。一家はなんと11人兄妹!今の日本ではそれだけでニュースネタになりそうですが、昔の田舎における日本の家族ってこんな感じですよね。家業は醤油樽の製造で、弟子や職人を抱えて一時期は結構羽振りもよかったようですが、お得意さんの醤油醸造元がつぶれて以来、そのあおりを食って家産は傾いていきます。家も土地も手放して最後は借家に移り、成長した子どもらが働いて家計を助けるというところまでいきました。彼女も郵便局や村役場で働いています。様々な苦労を経験した後、彼女は夢を抱いて上京します。そして壷井繁治との結婚を機に運命が花開いていきます……。この作品はそんな彼女の人生経験を基にして書かれた作品です。創作ではありますが、一家の生活の様子は彼女の記憶をたどって、ほぼそのまま描かれたような印象を受けます。ストーリーとしては、かつての幸せが過去のものとなり、次第に細くなっていく家運の中、最後に残った二人の姉妹が踏みとどまって頑張って生きている姿を描いています。そして成長してそれぞれの道を歩んで離れて行った兄妹を呼び集め、祖母の十七年忌、父の三年忌の法事をするシーンがクライマックスとなっています。壷井栄の作品の底流に流れているのはいつでも”愛”です。それは実に大きくて温かいものです。この作品で描かれているのは単に一家族の盛衰ではなく、その離れがたい強い結びつきの上で続いていく日々の暮らしです。要するに日本にかつてあった大きく温かい家族の暦なわけです。読んでいくと悲しいシーンも多いですが、でもどこか優しく心温まる感じが最後に残るところはまさに壷井栄ワールドだなと思います。

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